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走れることはこんなにも楽しい!を実感した2日間

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走れるっていいな。あらためてそう感じた土日でした。

土曜日は夜中からアディダスの「RUNNING 3on3」というイベントで、渋谷の街をアディダスの新しいシューズを履いてのランニングで、終電がないということでそのまま帰宅ナイトラン。

体のあちこちが痛かったのもあって、午前6時に相模大野で終了しましたが、原宿から相模大野まで35㎞を夜中に走りました。そして、今日はラン仲間と近所の山を軽くトレラン。

どういうわけか合計で50㎞近く走ったのに体重がほとんど減っていないという。もっとも50㎞くらいでは、体重が減っても数百グラムでしかありませんが。

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そんなことよりも、休日を走って過ごせるということがこんなに楽しいと思えたのは久しぶりです。

本来ひとり時間が大好きなわたしですが、走ることを覚えてから多くの人と一緒に過ごす時間が増え、今年に入ってからは積極的にイベントを開催して、今日の超お手軽トレランはなんと7人。

わたしが開催するイベントは基本お手軽系です。ウルトラマラソンの練習会といいながら、いかに美味しいランチを食べるかに注力し、距離だって10時間かけて50㎞ちょっとしか走りません。

一生懸命走るのは嫌いではありませんが、それぞれの走力の人たちが、それぞれに楽しめるイベントというのは大事かなと思います。トレランなどは最近は本格的なイベントが多く、気軽に山に触れるイベントが減っているような気がします。

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教えるほうも技術が上がったことで、「ちゃんと教えなきゃ」の気持ちが強すぎるのかもしれません。トレランなんて、また走りたいと思ってもらえれば初心者コースはそれでOKなのに、むやみにテクニカルなことを教えたり。

もちろんトレランだけではありません。日本人は真面目だなぁと思います。教えるならきちんとやらなくては、学ぶならきちんと教わらなければ。そういう意識が強すぎます。

走り方なんて上手い人のものを見て学べばいいし、教える側も大事なことだけ伝えればいい。走りが良くなるためのヒントを教えれることができれば、それでいいはずです。

そして走れる人たちは、走ることと真面目に向き合いすぎのような気がします。

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もちろんトップアスリートのように、いい走りをすることだけに集中している人も必要ですが、走れることをもった効果的に利用する方法をもっと提案していくべきかなと、わたしは思います。

そういう意味では、最近のアディダスはいろいろと面白いランニングイベントを次々と行っています。こういう流れがもっと広がっていくのがこれからの2〜3年のような気がします。

そして走れることから可能性がどんどんと人がっていく。

今日はじめましてだった人が、明日には「また一緒に走ろうね」となるのがランニングの面白さです。そして、思い立った瞬間に大きなチャレンジができるのもランニングの魅力です。

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例えばわたしが旅ランにはまるきっかけとなった、日本海から太平洋までのランは、出発の前日に行うことをきママした。今回の帰宅ナイトランも前日くらいに決めました。

ランニングに必要なのは、シューズとウェアくらいですので、あとはなんとでもなります。シューズとウェアはすでに多くのランナーが持ってますから、いきなり今すぐに旅ランを始めることができます。

わたしはかなりフットワーク軽く全国を駆け回っていますが、こんなことやろうと思えば誰でも出来ます。既婚者の場合はちょっとハードルが高いかもしれませんが。

走れるからこその出会いがあり、走れるからこそのチャレンジがあります。

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ランニングができるということのハードルを一度大きく下げたい。わたしにはそういう思いがあります。「できなかったらそれはそれでいいじゃないか」結果を出すだけがランニングじゃないという雰囲気を作りたい。

もちろん結果を目指して頑張る人たちの尊さを否定するつもりはありません。そういう人たちは可能な限りサポートをしますが、それもランニングを楽しむための方法のひとつでしかありません。

ゆるゆるトレランだって、走りの楽しみ方のひとつです。

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どちらが素晴らしいということはありません。大事なのは実際に走る本人が納得できること。満足できることです。マラソン大会で上位に入ることもランニングの方向性のひとつですし、ゆるランで笑いながら走ることも方向性のひとつです。

どちらが正しいなんてことは絶対にありません。

来週はわたしが1年で楽しみにしているレースの中でもかなり上位に入る夢の島24時間。ここでもきっと新しい出会いがあったり、いい気付きがあったりするような気がします。

走ることで広がっていく可能性。自らの力でさらに切り開いて行こうと思います。


一緒にいると楽しい人、疲れる人
著者:有川 真由美
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違う国に生まれた若者同士があたり前に恋愛できる時代へ

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万里の長城マラソンから1ヶ月経過して、ようやく動画をまとめることができました。自分が走っていないためスピード感が出せず、個人的な満足度はかなり低めです。

そもそも素材が少なすぎました。写真撮ってばかりで、撮影中は動画のことまで頭にありませんでした。

これでわたしの中では万里の長城マラソン2017はようやく終了です。もちろん2018に向けての準備も進めていますが、それよりも東西対抗東海道53次ウルトラマラソンの準備が優先です。

とはいえ夏にはまたPV撮影のために中国に行く可能性があります。

今年はさすがに自分の中国語力のなさを痛感したため、帰国後から毎日ある程度の時間を確保して中国語の勉強をしています。現地の若い子たちと会話をできるチャンスがあったのに、ほとんど何も喋れなかったのを反省中。

華流ドラマを観て耳を慣らしたり、基本的な単語を学び直したり。これを1年継続していけば、きっとこれまでとは違う形で中国を楽しめるはずです。

わたしの語学力のなさはこれまで、このブログで何度か話したかと思います。中学1年生の最初の中間テストで98点を取ったのがピークでした。高校時代は理系クラスに逃げるまでの2年間、ほぼすべてのテストで赤点でした。

そこまでできないとなると、なぜ自分が外国語を覚えられないのかがわかってきます。その反省を踏まえての自分なりの勉強です。これもランニングと同じで、誰かに習うのが一番早いのですが、人生は急がば回れです。

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早く身につけることは目的ではないですし、それをすると英語のときのように語学嫌いになってしまいます。

勉強もスポーツも仕事も、自発的にやったものは身につきますが、やらされるものはなかなか身につきません。もっとも北京に滞在したいという理由だけで、北京に語学留学くらいはするかもしれませんが。

こうやって、自分と中国の距離が縮まっていくことを、とても楽しく感じます。

中国が嫌い、苦手という人が世の中にはたくさんいます。本当に嫌な思いをさせられたんだろうなと、ちょっとかわいそうにもなります。わたしはこんなにいい思いしかしていないのに、ちょっと不平等だなと。

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中国人にあたり前のように日本人の友だちがいて、日本人にあたり前のように中国人の友だちがいる時代をわたしは目指しています。それは台湾人や韓国人も同じです。北朝鮮は…わたしの時代のうちには無理かもしれません。

こんなに近い東アジアの国同士が、どうでもいいことでいがみ合うのは、そろそろ終わりにしたいところです。

もちろんそれぞれに歴史への認識が違いますし、相容れない部分もあるかと思います。でも、個人同士がもっとつながっていけば、わたしの理想もそう遠くないうちに実現するような気がします。

実際に台湾人とつながっている日本人はそう珍しくありません。facebookという同じプラットフォームのSNSがあるからというのが一番の理由です。中国もfacebookが使えれば世界が大きく変わるのですが。

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中国の場合はwechatというLINEに似たアプリで個人同士がつながります。わたしも何人かとつながっていますが、そういう日本人はかなりの少数派です。

facebook同士のつながりと言えば、日本と台湾の合作映画「ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。」が公開されています。これはfacebookでつながった、台湾人女性と日本人男性の長距離恋愛の物語です。

この映画を知ったのが昨日観た「ホームレス ニューヨークと寝た男」のチケットを購入した直後。あと10分早ければ新宿までこの映画を見に行っていました。

わたしは北京も好きですが、台北も好きです。できれば毎月交互にどちらかに行きたいくらい好きです。台湾の人たちの温かさは心地良いですし、純粋そうに見える笑顔が大好きです。

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この映画のように、違う国同士の若者が恋愛をする時代がきっとすぐやってきます。卓球の福原愛さんも台湾人男性と結婚しました。いまはちょっと特殊ですが、時代の流れは確実にボーダーレスに向かっています。

なにせ「ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。」は実話ですから。

もっとも自分が国際恋愛や国際結婚をするかというのは別問題。したくても恋愛は1人ではできませんので。ただ、外国人だからという構え方はしない自分でいたいなとは思います。

もちろんそのためには、言葉の壁を超えていかなくてはいけません。そのためには中国語の習得は必須です。北京に行くにしても、台北に行くにしても。まだカタコトでも話せませんから。

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冗談だと思っているかもしれませんが、本当にわたしは中国語で会話ができません。自分の意志はなんとか伝えられても、言葉のキャッチボールは全然できません。海外旅行ならそれで成立しますので。

でも、やっぱり壮大な夢を掲げている以上は、少なくともやればできるっていうことを示さなくてはと思います。

英語の赤点を取り続けたわたしが、独学で中国人や台湾人と中国語で会話ができるようになったら、それは多くの人にとって大きな希望になるはずです。そうなるように、自分の努力次第で言語の習得はなんとかなることを示したい。

その結果、それぞれの国同士の距離がグッと縮まるはずです。

とりあえず、「ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。」も観に行こうかなと思います。映画の日を逃してしまったので、来月と言いたいところですが来月は日光ウルトラマラソンの移動日。

今月の東京に行く日に予定を合わせて、行ってきます。

中国語の勉強するためのモチベーションアップのために。自分の理想とする未来を先取りした2人のストーリーを知るために。そして久しくしていない青春のドキドキ感を思い出すために。


ママは日本へ嫁に行っちゃダメと言うけれど。
著者:モギサン、モギ奥サン
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映画「ホームレス ニューヨークと寝た男」と自分のいる場所

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マーク・レイ、52歳、職業はファッション・フォトグラファー。そしてニューヨークで暮らすホームレス。これがドキュメンタリー映画「ホームレス ニューヨークと寝た男」の主人公。

映画の日だったので、何を観るのか悩んでいました。ところが、先日たまたま厚木を訪れたときに、この映画のポスターを見て、興味が湧いてきました。ニューヨークで暮らす、スタイリッシュなホームレス。

さぞかし颯爽としたいい男なんだろうかと思っていましたが、期待は大きく裏切られることになりました。

まだ上映している映画館もいくつかあるようですので、あまりネタバレしないように感じたことをお伝えします。もっともネタバレして困るようなことは何ひとつありません。ただのドキュメンタリー映画ですから。

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信じられないようなことも起こりませんし、ただニューヨークでホームレスをしながら生きている1人の男について映画にしたものが、「ホームレス ニューヨークと寝た男」です。

映画のパンフレットにはこう書かれています。「自由を追求したら、家は必要なくなっていた」わたしが惹かれたのはこの一文でした。ところが、映画の中でのマーク・レイは、自由の中にある不自由さに苦しんでいるように、わたしには見えました。

そして強く感じたことは、わたしとそれほど変わらないなということです。

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ニューヨークでホームレスをしながら、ファッション・フォトグラファーをする。そんな生き方だけで、とても奇抜で面白い生き方をしているのかと思ってしまいましたが、彼はいたって真面目に生きています。

ホームレスであることに対して、強い思い入れがあるわけではありません。

ニューヨークという街で生きていくための選択肢のひとつとしてそれを選んだだけで、家賃2万円のアパートを選んだわたしと変わりません。彼もわたしもミニマリストではなく、生きるために必要なことを選んだ結果、最小限に近い生活をしているに過ぎません。

いつだってこの生活を抜け出したいと思っていますし、このままでいいと思っているわけでもありません。ただ、目の前にある自由な暮らしに満足していますし、足りないものなんて何ひとつないことを理解しています。

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自分に自信がない。

映画の中で彼の言葉です。和訳しているので、実際にどのような英語の表現だったかはわかりません。ただ、この感覚に対して、わたしは共感するものがありました。

わたしも自分に自信がありません。でも、書き物の仕事をするときに不安になることはありません。マラソンを走るときに、いい走りができないかもと不安になることもありません。

きっと彼も写真を撮るときや、俳優の仕事をするときに不安になったりはしないはずです。

でも彼は「自信がない」と言う。そして彼は「愛している」と言葉にしたことがないと言います。彼は自分自身の言動に対しては揺るぎないものを持っていますが、自分に相対する人に対しての自信がないのかもしれないと、わたしは感じました。

それはわたし自身がそうだから。

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わたしも人を好きになることはあります。むしろ女性に対しては惚れっぽいところがあります。でもそれは愛ではありません。好きになることはあっても、愛するということがない。いや、愛するということの意味がわからないのかもしれません。

そして自分が愛されるべき人間であることに対しては、自信がありません。きっとマーク・レイもそう言いたかったのでしょう。愛される自信がないから、愛することができない。

ホームレスを選んだことも、その延長線上にあるのかもしれません。

愛される自信がないなら、愛されない理由があればいい。言葉にすることはなくても、ホームレスであるという事実は愛されない理由としては十分すぎます。少なくともマーク・レイの中では。

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映画の中で彼は何度もとても悲しい目をしています。

自由な生き方をしているのに、どこか満たされないライフスタイル。いつか終わりのやってくるホームレスとフォトグラファーを両立させている現状への不安。

もしかしたら、わたしもそんな目をしているのか、それともマーク・レイと同じような年齢になったときに、その悲しい目の理由を理解できるのか。わたしのこのライフスタイルの未来と、マーク・レイの生き方が重なります。

「ホームレス ニューヨークと寝た男」の最後に彼は、ホームレスの生活を終わりに限界を感じ、終わらせたいと言います。それはわたしにとって、強いメッセージになります。

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愛されない理由を作るために、そこに留まってはいけない。

もちろんいまさら堅実な生き方をしようとは思いませんが、いまいる場所は生きている証を手にするための通過点に過ぎない。そう感じられたことは、とても意味のあることでした。

たった一本の映画で人生が変わるなんてことはありません。それでも間違いなく得られたものがあります。

そしてもうひとつ、「家がなければ生きていけないわけではない」その事実はわたしの中にある「旅人」という生き方の種にたくさんの栄養を与えてしまったかもしれません。


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ホームレスニューヨークと寝た男公式サイト:http://homme-less.jp


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個性は他の誰かの不足を補うためにある

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ハダシストの仕事の範囲がちょっと増えそうです。ランニング関係の比重がやや高くなる感じです。今までは注力しているという意味では、ランニングとライターが半々くらいでした。

この仕事を始めるときに、「3年はガマン」と決めていましたが、あながち間違いではなかったかもしれません。わたしなりのやり方を続けてきたことが、1年半でゆっくりと花が開きつつあります。

もっともわたしはこの1年半でガマンしていたのは、最初の1年間でお酒を飲む場にはあまり行かないようにしていたくらいですが。えぇ貧しいんですよ、非課税所得世帯ですから。

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自分で言うのも何ですが、わたしは意外と直感的に鋭いところがあります。

3年ガマンというのも直感で決めましたが、根拠なんてありません。事業計画を立てたわけではありませんから。でも3年と決めていなかったら、早々にアルバイトや派遣で仕事に就こうとしていたかもしれません。

自己分析というのはあまり好きではありませんが、大して知能が高いわけでもなく、特筆すべき履歴があるわけでもないわたしが、とりあえず会社員じゃなくてやっていける理由については、時々考えます。

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1.自己評価の低さ
2.観察力
3.想像力

今のところ考えられるのは、この3つのポイントでしょうか。

いつも言っていることですが、わたしは自己評価がかなり低めです。自分よりも優れた人は無数にいますし、わたしよりもかっこよくて、誰もが憧れるような存在の人もいっぱいいます。わたしよりも高身長な人なんて数え切れません。

でもわたしは、それらをコンプレックスだと感じたことはありません。自分は周りよりも劣っているのだから、人の倍頑張るしかない。これは初めて野球のボールを握った小学生の頃から持ち続けている感覚です。

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野球は早々に辞めましたが、ハンドボールやサッカーを始めたときも、「自分が一番下手」という事実と向き合うことから始まり、それでも目標は常に高いところに置いていました。ずっとサッカー選手になると決めてましたから。

自分が一番劣っているという感覚は、ともすればどんどん自分をネガティブな方向に追いやります。「自分なんて」という考え方になる人もいるかもしれません。でも本当に自分が一番劣っていると思うなら「自分なんて」という考え方にはなりません。

「自分なんて」と考える人は、心のどこかで自分が優れていると思っているところがあります。ただいじけているだけ。それでは前には進めません。本当に自分が劣っているなら努力あるのみ。

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いや、努力なんて言葉すら適しません。一心不乱にやって当たり前なんです。やらなければそこから這い上がれないから。

その考え方は、いまでも変わりません。

自分よりも優れたものを持つ人が周りにいて、その一つひとつはわたしにとっては目標です。きっとこのスタンスは死ぬまで変わらないのでしょう。そういう自分が嫌いではありませんし。

ただ、気持ちだけでなんとかなる世界でもありません。気持ち以外にわたしが手にしている武器があるとすれば、観察力と想像力でしょうか。目の前で起きていることを観察し、そこからなぜそうなったかを考える。

考える段階で重要なのが想像力です。

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わたしの想像力というのは実はそれほど高くありません。クリエイティブな発想などはあまり得意ではなく、わたしは観察力を活かして、様々な情報を組み合わせて想像するタイプですので、きっと小説家にはなれません。

想像力を持つということは、自分の考え方ではなく、相手の考え方に立って考えるということです。これは、簡単なようでかなり難しい作業です。なぜかわたしはこれが苦手ではありません。理由はわかりません。

相手を怒らせるのは想像力の欠如だとわたしは考えています。

わたしは意図的に怒らせるというようなこともたまにします。そうではなく、本人の思惑と違うところで相手を怒らせる人には、相手の立場になって考えればトラブルにならないのにと思うことが、会社員時代にはよくありました。

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こういう言い方をすると誤解されるかな。この言い方ではきちんと伝わらないかな。言葉を使うときは、話すときでも書くときでもいつもそれを考えています。

それがわたしの特性のひとつなのでしょう。そして、そのような特性がいまのわたしを支えています。

このような特性はすべての人が持っているはずです。それを活かせているかどうかは別として、その人ならではの強い武器を持っていない人なんてきっと存在しません。

容姿が美しいというのもひとつの武器ですし、勉強ができるというのも武器です。誰にでも平等に接するという性格や、美味しいものを見つける力というの個人としての特性で、武器になります。

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すべての武器を兼ね備えている人はいません。だからわたしたちは仲間を作ります。自分に足りないものをそれぞれが補い合うために。

仲間にも似た者同士の集まりと、個性豊かな集まりがありますが、長く続くのは後者ではないでしょうか。似た者同士が集まると、どうしても傷の舐めあいになってしまいます。わたしがマイノリティの集団に属するのが苦手な理由のひとつもそれにあります。

それはともかく、人はそれぞれに個性があり、パズルのピースのように穴が空いていたり、出っ張ったりしています。それを歪だと思って、まっすぐに整えようとしている人がいますが、そんなことする必要ありません。

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出っ張ったり引っ込んでたりしないと、他の人とつながっていくことができません。個性は他の誰かの足りないものを補うためにあります。そして他の人の個性は自分の不足を補ってくれます。

自分の強みを理解して、自分の弱さを受け入れること。

そうすれば、自然と生きていくことが楽になるのにな。そんなことをふと感じました。もっとも誰とも繋がりたくもないという人も世の中にはいるかと思うので、これがすべてではありませんが。



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目の前にある目標の達成よりも理念や志を優先する

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走れるような自分を取り戻すために、リスタートするという話をしたところ、このブログを読んでいる方から「練習メニューを公開してアドバイスをもらえばいいのでは」というコメントをいただきました。

速くなるためなら確かにその通りで、なんだったらランニングクラブにでも入ったほうが効率よく速くなれます。

でも、そこには多くの人が陥る大きな間違いがあります。自分が速くなるための目的はどこにあるのか、その考え方を無視してしまうと、本末転倒になってしまいます。

わたしが速く走りたいのは、その過程を楽しみたいのであって、速く走るというのはその努力の方向性であり、結果でしかありません。そしてわたしが速くなる過程で好きなのは試行錯誤をするところです。

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最近は、すぐに答えを出すことが求められる時代になってしまいました。

There is more to life than increasing its speed.
「速度を上げるばかりが人生ではない」

ガンジーの言葉です。ここでいう速度というのはマラソンの速度の話ではありません。いやそれも当てはまりますが、ここでは「すぐに結果を出すことだけが人生ではない」とわたしは解釈しています。

もしわたしがオリンピック出場を目指すランナーなら、アドバイスを受けならが練習をして速くなることを目指すべきです。しかしながらわたしはランに関しては凡人の域を超えることはありません。

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だとしたら、急いで結果を出そうとする必要はなく、悩み苦しみながら自分なりの方法で速くなることを目指したほうが、人生として得られるものは間違いなく大きいと考えています。

すべての人がわたしと同じというわけではないでしょうが、男には志というものがあります。女性にもあるかもしれませんが、女性のことはわかりません。わたしが、これはと思う男はみなそれぞれに志があります。

世界を変えたいと本気で考えている人もいれば、大切な家族を守り抜くと心に誓っている人もいます。

ところが、その志があるにも関わらず、目先の目標を目指す過程で志に反することをしてしまうことがあります。お客様の笑顔のためにと言っている会社が、お客様の笑顔よりも自社の利益を優先するというのはよくあることです。

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自分の志をどれだけブレさせずにいられるか。これは生きていく上でとても重要な事です。

そのためには、嫌になるくらい長い時間をかけて自分と向き合っていかなくてはいけません。自己啓発本を何冊読んだところで、ブレない志は作れません。

自分が何のために生きているのか、執拗なまでに問い続けることだけで、その土台が揺るぎないものになります。

決して安易な答えに飛びつかないこと。すぐに結果を出すことにこだわらないこと。そして何よりも自分自身で考えるということです。どんなときも答えを出すのは自分自身です。

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自分が生きている理由は何なのか。多くの人が若いうちにそれについて考え、そして大人になってそれを考えることをやめてしまいます。だからブレない志を持つことができません。

わたしは情報発信をしながらも、自分で考えることの大切さを伝えてきたつもりです。実際にそれが届いているかどうかはわかりませんが、試行錯誤することの楽しさや、自分で考えることの重要性を訴えてきました。

そんなわたしが、速くなりたいという目先の目標に対して、自分で考えることを辞めて安易な方法に飛びついたらどうなるでしょう。これまで言ってきたことは何だったのかということになります。

それはもう、自己否定のようなものです。志がガラガラと音を立てて崩れていきます。

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わたしにとって生きるということは、志を守りぬくことであり、そのために行動をするということです。例え年収が何十億円になったとしても、志を捨てたならそれは生きているとは言えません。

反対に志さえあれば、どうやってでも生きていくことができます。

理想だけでは生きてはいけないという賢い大人がたくさんいますが、理想や志を捨てて生きることになんの意味があるのでしょう。まずは理想や理念があり、そのために目的や手段があります。

このときの優先順位を間違ってはいけません。

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「でもね、人間はそんな強く生きられないんだよ」そう教えてくれる人もいましたが、強く生きられないと決めつけてしまったら、それはそうだろうと思います。そんな人たちまでなんとかしようなんてこと、わたしは考えていません。

強く生きたくないけど、志は持ちたいし自分らしくいたい。楽して何かを得たいという人は2000円握りしめて自己啓発本でも買ってくれば、一瞬だけ何かを得たような気分になるので、そちらを選べばいいかと思います。

自分らしさを守り抜くために、自分の志を守り抜くためにもがき苦しみながらも一歩を踏み出す人、そういう人にだけこの言葉が届けばいいと、わたしは考えています。


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著者:ガンディー
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全力で走る自分を取り戻すためのリスタート

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山中湖ロードレースに出るという、大学時代のサッカー部の同期の車に便乗して、朝早くから山中湖に行ってきました。わたしが過去に一度も出ようと思ったことのない大会です。

実はわたしは、スポニチ主催のマラソン大会が苦手です。スポニチ主催の大会が悪いというのではなく、わたしとの相性がいまいち良くないというだけで、他意はありません。

マラソン文化をここまで引っ張ってきたスポーツ紙ですし、ほとんどの大会で多くのランナーを動員しているのですが、スポニチ主催となるとなんとなく避けている自分がいます。

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それはともかく、山中湖ロードレースです。

一緒に行った仲間は、わたしをマラソンの世界に引き込んだ張本人で、彼は結婚と子育ての期間にブランクがあったのですが、また走る世界に戻ってきました。

走り始めたころは、10㎞のレースでお互いに勝ったり負けたりしながら、切磋琢磨してきました。負けると悔しいから負けたほうが練習をして成長していきます。

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気がつけばわたしは1人でレースに出るようになり、いつの間にかフルマラソンやウルトラマラソンの世界に足を突っ込み、そのうえなぜか「裸足で走るために会社を辞めた男」として、ランニングの世界で生きています。

走力はお互いそんなに変わらないのですが、彼はブランクがあるのと、家族がいるためそんなに頻繁にマラソン大会に出ることができません。出られる大会も日帰りができる大会に限られます。

ハーフマラソンは今回で3回目ということで、結果的には自己ベストを更新したとのこと。

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自己ベストはともかく、そこそこ上位を走っている彼の姿を見て、自分の中に懐かしい感情が芽生えているのを感じました。

「悔しい」

競い合ってきた仲間が、いい走りをするのを見て悔しいという気持ちが湧いてきたことに、わたしは驚きました。速く走ることへの想いは手放したつもりでしたが、どうやら無理やり押し殺していただけかもしれません。

もちろん裸足でフルマラソンを時間いっぱい走ることも楽しいのですが、颯爽と駆け抜ける感覚や、全力を尽くすために行う過程での苦しさなども、マラソンだからこそ得られる特別な気持ちよさです。

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やっぱり速く走るのも好きなんだなということに、わたしは気づいてしまいました。

その感情を思い出したなら、やるべきことはひとつだけ。走れる体を作ること。もっと質の高いトレーニングを行って、速く走る自分を取り戻すことです。

何かを得るためには何かを手放さなくてはいけないことは、物事の大原則ですが、手放さなくていいものまで先回りして手放しているのではないか。速く走ることも走ることも両立できるのではないかと、思い始めました。

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基本的にわたしは欲張りです。欲が少ないと思われているところがありますが、わたしは欲が少ないのではなく欲が多すぎて選べないから、選ばないだけのことです。本当はあれもこれも欲しいタイプ。

ではどうすればいいのか。

これに関しては、まだ明確な答えはありません。これからそれを模索しながら走ることになります。でも、きっと答えはあるはずです。答えがあるから、今回速く走りたいという気持ちを取り戻したのだと信じています。

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世の中はすべて流れというものがあり、ほとんどの人がその流れを無視しているから苦労しています。もっと素直に流れに乗ればいいのになと思うのですが、その話はまたいずれ。

わたしには、速く走りたくなる流れがやって来ました。でも裸足でペタペタ走るのを手放す流れは来ていません。ならばきっと両立できるはず。脱がなかったらすごいハダシスト。これがひとつの目標といったところでしょうか。

裸足ランナーの理想は「脱いだらすごい」なのでしょうが、わたしは天性の天邪鬼。裸足はやはりペタペタいきたいですし、裸足で速くなりたいという気持ちはほんの少しも湧いてきません。

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上手に走れるようにはなりたいと思っているので、結果的にはスピードが出るかもしれませんが、上手く走れるというのは何も速く走れるということだけではなく、フルマラソンを3時間台でも5時間台でも自由自在に走れるといったことです。

同じことだろうと思うかもしれませんが、速く走ることとスピードをコントロールできることは明確に違います。

わたしは裸足で走るときは、すべてをコントロールできるようになりたいという思いがあります。痛みもスピードも自分でコントロールして走ることがわたしの理想で、そこを目指しています。

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それと速く走ることは似ているようで実はまったく違います。わたしにとって速くなるということは、クローズな作業ですが、コントロールするというのはオープンな作業です。

このあたりの感覚を伝えていくのはちょっとまだわたしの表現力では足りないかもしれません。

ただ、ここから目指していくのはその両者の融合です。中途半端にすると二兎追うものは一兎をも得ずで、何も得られないのですが、いまだからこそ二兎を追うとこで虎を得られるような気がします。

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胃潰瘍も本格的に再発したっぽいので実はそれどころではないのですが、それも含めてマラソンの神様がわたしに与えた課題であり、何かに気づくヒントなのだと考えて、走ることと取り組んでいきます。

誰かに褒められるためではなく、自分の悔しさと向き合うためのリスタート。

昔は速かったなんて言葉をするにはまだまだ早すぎる。物分りのいい選択をするような大人にはなってはいけない。もう一度、全力を尽くす自分を取り戻すための戦いを始めます。


成熟力 「45歳から」を悔いなく生きるリスタート!
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小さなマラソン大会が愛される理由と大会運営に必要なこと

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知っている人も多いかもしれませんが、わたしは万里の長城マラソンの日本事務局をしています。大会の開催は中国本部の代表として朱さんが行っています。

わたしの仕事は日本人ランナーが参加しやすい環境を整えることです。大会運営に関しては、改善しなくてはいけないことは話をしますし、意見を求められれば答えます。でもわたしの負担はそれほど大きくありません。

それほど負担が大きくないにも関わらず、万里の長城マラソンが終わると、大きなプレッシャーから開放されている自分に気づきます。代表の朱さんは大会前後はほとんど眠れないくらい忙しくなります。

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わたしは寝る時間を確保できるだけ、まだ余裕があるにも関わらずです。

これは別に万里の長城マラソンの運営に限ったことではありません。わたしが万里の長城マラソンの日本事務局をするうえで、大きな影響を受けている飯能ベアフットマラソンでも、運営する人たちの苦労はとてつもなく大きなものです。

どちらにも共通しているのは、参加者一人ひとりに喜んでもらいたいという思いです。走っているときの笑顔や、また走りたいという言葉が報酬のようなもの。ただその報酬の大きさはお金には換算することができません。

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飯能ベアフットマラソンは、大会の準備のためにトレイルの整備を行います。走ったことのある人はわかると思いますが、石のある部分を除けば、かなり走りやすいと感じるはずです。

トレイルなのに足元をそれほど気にせずにガンガン走れるのは、大会運営者のトレイル整備があってのことです。

1周7㎞のコースをすべて箒できれいにするのは「コース整備をした」と一言で片付けられるほど簡単なことではありません。今年は天候の影響で前日の朝からコース整備となりましたが、路面をきれいにしたり矢印を配置したりするのに1日がかりの作業です。

万里の長城マラソンや飯能ベアフットマラソンだけでなく、小さなマラソン大会はほとんどがそんな感じでないでしょうか。喜んでもらうためにやれることはなんでもやろうと思うと、大会直前にはすることが無数に出てきます。

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マラソン大会を開催するにはとてつもない情熱が必要です。しかも一時的な情熱ではなく、終わることなく燃やし続ける情熱がなければ何年も継続することはできません。

反対に大都市マラソンのような、何万人ものランナーが走る大会の場合に求められるのは情熱ではなく、イベントとしての安定性であり、冷静な判断や対応です。

これは良いとか悪いということではなく、大きな大会を開催するというのはそういうことなのです。鹿児島マラソンだって愛媛マラソンだって素晴らしい大会ですが、飯能ベアフットマラソンのような暖かさとは違う素晴らしさです。

東京マラソンのすごいと感じるところは、あの規模の大会でありながら主催者の想いが伝わってくることであり、参加者一人ひとりを喜ばそうとしていることにあります。どうすれば喜ぶのかについてもよく知っています。

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他のマラソン大会が一生懸命に東京マラソンを真似をしようとしていますが、真似ているのは表面だけです。だからマラソンブームが下火になるに連れて倍率も下がっていきます。

反対に東京マラソンを真似しようとせず、個性を出している地方のマラソン大会は、じわじわと人気を高めています。

結局のところ、マラソン大会が人気の大会になれるかどうかは、きちんと参加者のことを向いているかどうかにかかっているような気がします。

それだけは大きな大会も小さな大会も関係ありません。

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マラソン大会の器だけ用意して、「さあ走れ」としているような大会がありますが(どことは言いませんが)、それではランナーは離れていくばかりです。どんなに素晴らしい器を用意しても、魂が入っていない大会を走りたいと思うランナーはいません。

秋以降の大会の紹介記事をRUNNING STREET 365に掲載するのに、マラソン大会をチェックしているのですが、わたしが「ここは厳しい」と感じた大会は軒並み参加者集めで苦労しています。

マラソン大会は今でも増え続けて、しかもランナー人口は減少しています。

そんな中で飯能ベアフットマラソンのような個性的で、温かさを感じる大会も増えています。そうなるとランナーはどこに流れていくか、考えるまでもありません。

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魅力のないマラソン大会を走るほどランナーは暇ではありません。ただ走るだけなら仲間と一緒に皇居ランでもしているほうがよっぽど楽しいですし、意味のある時間を過ごせます。

もっともマラソン大会もただ手をこまねいているだけではなく、いろいろと工夫をしています。前日受付をなくしている大会も増えてきました。でもまだ形だけ。

現段階では「こうすれば参加者が増えるから」というノウハウやマニュアルがあり、それに従っているように感じます。大事なのは、きちんとランナーを見て、本当に必要なものを自分たちで考えて準備することです。

飯能ベアフットマラソンや万里の長城マラソンのような規模の大会では、自分たちで考えるしかありません。大きな広告代理店があれこれ指示してくれるわけでもありません。

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でも、それだからこそ一生懸命さがその大会の特徴になり魅力になります。

昨年大盛況となったハルカススカイランだって、小さなところから始まって、とてつもない情熱を注ぎ込んだ結果として、ワールドシリーズに組み込まれました。

なかなか参加できていませんが、福島で行われているゲレンデ逆走マラソンシリーズも、温かさのある本当に素晴らしい大会です。

マラソン大会はこれからそういう大会が元気になっていく時代かなと、わたしは思います。

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規模が大きくないから、参加者の姿が見えてくる。だからもっと喜んでもらおうと思える。自分たちの失敗もダイレクトに感じてしまいますので、その痛みも大きいのですが、その痛みがあるから頑張れます。

まだまだそういう大会が日本中にたくさんあるのでしょう。

大きな大会ばかりではなく、そういう魅力的な大会に参加していきたいところです。そう言いながらも結局まだ走っていない都市マラソンにエントリーしてしまうのですが。


習得への情熱―チェスから武術へ―
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10㎞までしか走れない現状をいい経験に変えていくための考え方

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昨日はラン仲間と少しだけスピードを上げて走ってみました。問題なく走ることができます。

10㎞までなら。

10㎞しか走っていませんが、それくらいで背中に張りを感じ始めたので、きっとそれ以上はまだ無理なのでしょう。今朝起きたときには完全に固まっていたので、しばらくは追い込む練習と普通の練習を交互に入れる感じで様子見です。

これからの予定は6月に24時間、7月にウルトラを入れているだけですので、焦る必要はありませんが、走れないと思うと走りたくなるのが人間の性というもの。

特にわたしは走るのが仕事のようなもの。走ることで収入を得ているわけではありませんが、走ることで自分の存在を認めてもらっているような部分もあります。

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走らない河童はただの河童。

別にただの河童でもいいんですが、走らないなら河童である必要もなく。それはともかく、年に数回やってくるこの走れない状態になると走ることが好きなんだなと思い知ることになります。

あたり前に走れているときは、走ることを面倒に感じることもありますが、走れないとなるとあたり前に走れることがいかに素晴らしいことかを思い出させてもらえます。

きっとマラソンの神様が「初心を忘れないこと」という戒めの意味を込めて、わたしにケガを与えているのかもしれません。いま思えば1年中ベストコンディションなんていうときはまずありません。

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健康のためにマラソンをしているのではありませんが、体を壊すために走っているわけでもないので、これはなんとかしたいところです。

一方で、自分を追い込むというのは嫌いではありません。いや、どちらかと言えば好きです。限界まで追い込んで、自分の本性がむき出しになるくらいの状態はとても気持ちいいものです。

飯能ベアフットマラソンでも追い込まれましたが、あのような状態があればあるほど楽しくなります。試されてる自分に酔えるタイプです。知っての通り自分大好き人間ですから。

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追い込んだらケガをする。当たり前といえば当たり前ですが、自分を追い込まない人生なんてわたしには考えられません。

どんどん集中力が高まってきて、一点突破していくあの感覚。

会社員をしているときは、そういう場になかなか身を置くことができませんでした。あの頃はぬるま湯に浸かっていたんだなということが今ならよくわかります。そのときは一生懸命にやっているつもりでもやっぱり甘い。

本当はどんな環境であっても、同じように力を出し切れるのが理想ですが、わたしはそこまで完成した人間でもないため、どうしても環境に左右されてしまうところがあります。

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だから意図的に厳しい環境に身を置いて、焼け付くような緊張感の中でいつも全力疾走していたいわけです。

その積み重ねの結果として今の自分がありますし、おそらく未来の自分もその先にあるはずです。もちろん、そういう生き方を誰かに勧めるつもりはありません。これはわたしだけの道ですから。

全力で長い距離を走れない苦しさも、いまのわたしが経験しておかなくてはいけないこと。きっとこの経験をしたからこそ進める次のステップがあるはずです。人生に無駄な経験なんてひとつもありません。

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経験したことを人間が無駄にすることはあっても、経験そのものに意味がないなんてことはありません。

というわけで、不定期にやってくるこの走れない期間を、わたしなりに楽しんでいこうかと思います。とりあえず10㎞までなら大丈夫。その範囲でできる体づくりと自分を追い込む練習を継続します。

きっとわたしはまだ強くなれる(速くなれるとは言っていない)。


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自分のいるコミュニティの外に飛び出す勇気を持つこと

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わたしがまだどこにでもいるような普通のランナーだったとき、美ジョガーというのはどこに存在するのか、どこに行けば出会えるのだろうかと不思議に思っていました。

最近になって分かってきたことは、美ジョガーだけでなくランナーは似た者同士がコミュニティを作り、そこからはみ出る人はあまりいないということ。

要するに普通のおっさんランナーが、美ジョガーと接点を持つことはほとんどないという絶望的な現実。美ジョガーは美ジョガーのコミュニティの中で活動し、おっさんランナーはおっさんランナーのコミュニティで活動します。

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おっさんランナーは河川敷を駆け抜け、美ジョガーは皇居ランをします。

普通にランニングと向き合っていると、砂漠マラソンとかジャングルマラソンの存在すら知りません。飯能ベアフットマラソンや万里の長城マラソンだって、普通のランナーにとっては聞いたこともない大会でしょう。

クレイジーなランナーはクレイジーなコミュニティの中で活動をします。

ですので、その閉じられたコミュニティの中で有名人になっても、他のコミュニティに行くとまったくの無名です。裸足王子の吉野剛さんは、裸足ランナーならほぼ誰もが知っていますが、シューズランナーでの認知度はかなり低いというようなことが起きます。

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何を急にそんなことを言いだしたかというと、わたしは今日、近所の山をハイキングしてきたのですが、一緒に歩いたのが、第1回大山登山マラソン女子一般の部1位と2位のランナーさんです。1位の人は富士登山マラソンでも優勝経験があります。

他に4人の女性ランナーさんと一緒に山を歩いたのですが、10年以上のラン歴で、そのような人たちとコミュニケーションを取る機会はこれまでほとんどありませんでした。しかも、みんなわたしの母親くらいの年齢です。

自分で言うのも何ですが、わたしはそれなりにマラソンにおける交流の幅が広いほうですが、それでもやはり閉じられたコミュニティの中で活動してきたのだなということがよくわかりました。

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今回一緒に歩けたのは、そのうちの1人が万里の長城マラソンに出てくれたことがきっかけなのですが、わたしが万里の長城マラソンの日本事務局をしていなかったら、まず出会うことのなかった人たちです。

しかも今日歩いた人のうち1人は、わりと近くに住んでいたため、これまでにどこかで接点があった可能性もあります。これまですれ違っていた方が、何かの縁でお近づきになる。これがマラソンの魅力ですが、誰にでも起こることではありません。

自分以外のコミュニティの人に出会うには、違うコミュニティの人がこちらのコミュニティに飛び込んでくれるか、自分が他のコミュニティに飛び込むしかありません。ほとんどの人が、違うコミュニティに飛び込めないでいます。

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「社会人になると友だちができない」なんてことをよく耳にしますが、それは飛び込むことを恐れているだけで、その気になれば新しい友だちを作ることはそんなに難しいことではありません。

もっとも知り合いが多いことが必ずしもいいことばかりではありません。

それでも、ランニングをしているというだけで、繋がれる世界が自分の周りにはいっぱいあるわけです。自分の知らなかった世界を覗き見ることができます。これは決して小さなことではありません。

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わたしのラン仲間の1人が、少し前に伴走ランナーのコミュニティに飛び込んでいきました。やりたいと思ったこと、興味を持ったことに対して、一歩踏み出す勇気は単純にかっこいいなとわたしは思います。

いま自分のいる場所というのは、それぞれみんなとても居心地のいい場所だと思います。ランナーにしてもランナー以外の人でもそうです。環境を変えることはちょっとした挑戦であり、もしかしたら理不尽に嫌な思いをするかもしれません。

裸足ランナーが裸足以外のコミュニティに出ていくと、つらい思いをしてしまうのではないかと不安になるかもしれません。でも飛び出してみると、これまでに会うことのなかった人との接点ができます。

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一歩踏み出すことで、美ジョガーやイケメンランナーに出会えるかもしれません。出会えても何も起こらないことはわたしが実証済みですが、それでも幅広いジャンルの人たちから受ける刺激は、飛び出したからこそ得られるものです。

そして、飛び出すチャンスはすべての人に用意されています。

誘われたら断らなければいい。それだけです。マラソンに限らず、誘われたら二つ返事で「行く」と言えば、新しい世界への扉は開かれます。あやしいコミュニティに誘われないように注意する必要がありますが。

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誘われた時点で、自分の向き不向きを考えて断る人がいます。ものすごくもったいないことです。継続してそこに行くかどうかは別として、1回目のお誘いにはすべて乗る。面白そうなことがあれば、参加させてもらう。

とても簡単なことです。

そこにはほんの少しも才能はいりません。必要なのは飛び出す勇気。着地に失敗しても大ケガをするわけでもありません。だったら悩んでないで飛び出せばいいんです。そこに留まっていたのでは、その先にある運命の出会いすら逃してしまいますよ。


一歩前に踏み出せる勇気の書
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裸足の河童が飯能ベアフットマラソンを愛する理由

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体が壊れている。もしかしたら、そうなのかもしれない。そういう思いと、体は正しい方向に修正されているという思いがわたしの中で交錯する。腰を痛めたのがちょうど1週間前、ただし痛めたのか治ったのかはいまだにわからない。

ひとつだけはっきりしているのは、金曜日の段階で、フラットなロードを5㎞も走れなかったということ。

完走できない可能性がある。これを口に出してしまうと、それが現実となりそうな気がしたので、誰にもそれは告げなかった。誰かに話して良くなるのならまだいいが、誰かに話しても何も改善はしない。

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飯能ベアフットマラソンは走れて10㎞がいいところだろう。ただし、3周の周回のうち1周目と3周目は撮影しながらのランだから、本気で走るのは2周目のみ。たった7㎞ならなんとかなるはず。

そんな淡い期待は、スタート前に打ち砕かれる。

わたしの走りの生命線は体の背面の筋力だ。前々からわかってはいたのだが、ウルトラマラソンを走っても旅ランで100㎞以上を走っても、背中も腰も問題なかった。

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ところが、腰が弾けて以降、あっという間に背面の筋力が消耗してしまう。走りそのものは明らかに良くなっている。体全体にいいバネがあるし、何よりも立ち姿が美しい。自分で言うのもおかしな話だが、歩く姿もわたしの理想通り。

そして何よりも走っているときのキレがいい。山に入っても腰に負担がかかることなく、スイスイ上れていく。

ただし10㎞まで。

それ以降は背中全体が完全に張ってしまって、使い物にならなくなる。これがいまのわたしの体。嘘偽りのない、目をそらしたくなるような現状。

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おそらく背中が張ってしまう感覚がわからない人のほうが多いかもしれない。階段をアップダウンすると太ももがパンパンになると思うが、それと同じことがわたしの背中で起こっている。

これまで以上に動けるようになったのだが、それに筋力がついていかない。ママチャリに自動車のエンジンを積んだようなもの。一瞬にしてママチャリのフレームは崩壊していく。

本来なら、力をセーブすればいいのだが、いかんせんどれくらいセーブすれば安全なのかもわからない。今日は9㎞ほどゆっくりジョグをしてきたが、今の時点で肩甲骨周りの筋肉が限界スレスレにある。

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人間の体というのは本当に面白い。そうは思うものの、こんなタイミングでならなくてもいいじゃないかと、ランニングの神様に愚痴でもこぼしたくなる。そうは言っても走るのは自分自身。走りを止めるのも自分で決めるしかない。

体の不調を感じていたため、いつもはほとんどしないアップを念入りに行う。体の柔軟性と、背面の筋肉の確認。できることなら、背中に負担の掛からないフォームを探しながら黙々と体を温めていく。

だが、期待は不安に変わっていく。少しペースを上げただけで背面には明らかな違和感。

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そんな状態のまま、スタートの号砲に合わせて飛び出していく。いや飛び出しはしない。最後尾からデジカメとGoProを持ってののんびりスタート。念のためO.R.Sで作った経口補水液も500ml持っている。

気温が高い。湿度が低いため、こういうときには知らないうちに体内の水分が失われてしまう。

汗だくになるときはとても分かりやすい。湿度が低いと汗が流れる前に蒸発してしまう。こまめな水分補給をしないと、いつの間にか脱水状態になっていることがある。それだけは避けたかった。

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完走できない不安があるなら、準備できるところはすべて準備しておく。

1周目で背中に重さを感じるものの、とりあえず乗り切った。ほぼ最後尾に近い位置取り。本当の最後尾にいると、撮影のために何度も立ち止まることになる。それはスイーパーに迷惑がかかるので、意図的に少し前を走る。

そして2周目に入ったところで、すべての荷物を置いて一気に加速する。

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思った以上に体はキレている。自分の走りとは思えないようなスピードで、後方のランナーを抜いていく。これはもしかしたら、いい感じに走れるかもしれない。そう思ったのも4㎞くらいがいいところだろうか。

そこから一気に背面が動かなくなり、高速ランはあっという間に終了。

問題はそこからだった。もう歩くことすらまともにできない。足裏も痛いのだが、体が前に進まないつらさ。練習中に何度も味わったあの苦しみをあと10㎞近くも続けなくてはいけない。

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2周目に入るときに、リタイアしたほうがいいのではないかと思ったが、時間があるなら前に進めがマイルール。走っているのか歩いているのかわからないようなペースで一歩を踏み出す。

苦しいのは自分だけではない。

きっと背中が痛くて前に進めないのはわたしだけかもしれないが、他の人は足裏の痛みと向き合っている。

痛みをごまかしてなんとか走れそうな場所だけでも、足を前に出す。それを繰り返すと、背中に電気が流れて息ができなくなるのだが、そうでもしないとゴールは永遠に近づいてこない。

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1周目でリタイアするのが大人の判断だったのだろう。だがここに集まるのは、大人の判断なんてできない人ばかり。裸足でトレイルを走ろうなんていう人間がまともな大人のわけがない。もちろんわたしも含めてだが。

自分を奮い立たせるため、そして大会をもっと楽しんでもらうために、すれ違うすべてのランナーに声をかけていく。同じコースを走っているランナーはスピードに違いはあってもみんな仲間。

仲間が頑張っていると思えば、自分も頑張れない理由はどこにもない。

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ただ背中は動かない。どんどん周りに抜かれていく。でも焦る気持ちはどこにもない。むしろ、3時間を超えて、まだ足が動いている仲間たちに勇気をもらう。走れないなりに背中を追い続けようという気持ちが湧いてくる。

そして表彰式を終えて抽選会が始まっていた会場に、ようやくたどり着く。最後の芝生広場は歩いてのゴールになりそうだったが、会場に残ってくれている人たちの顔を見たらすべてを絞り出すという選択肢しか頭には思い浮かばない。

動画を撮影するのも忘れて、一気に下り坂で勢いをつけて、ハイタッチをしながらのゴール。

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感動はそこにはない。ようやく終わったという安堵感と背中の激痛。そして喉の渇きだけがわたしを覆っている。やるべきことをやりきって、そして多くの人の力を借りてのゴール。

これだけの人が支えてくれているのにゴールできないわけがないのだ。

一瞬でもリタイアを思い浮かべた自分を恥じる。裸足の河童が飯能ベアフットマラソンで、リタイアするわけにはいかない。ここは裸足の聖地である飯能だ。裸足ランナーであることを誇りに思える場所。

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そしてまた1年後、わたしはここに戻ってくるのだろう。

わたしなりに裸足で走ること、飯能ベアフットマラソンに出ることに対して様々な葛藤がある。わたしが裸足ランナーであり続ける理由がここにあり、裸足の楽しさを分かち合える人たちがここにいる。

飯能ベアフットマラソンを愛する理由としてはそれで十分だろう。

飯能ベアフットマラソンに参加した人の写真の一部をクラウドに保存しています。ピントが合っていないものが多かったためボツになったものが多かったのですが、参加した人はぜひ痛みを思い出しながら下記保存先をチェックしてください。

iCloud:https://www.icloud.com/sharedalbum/ja-jp/#B0wJRveFpJHmikj


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販売元:株式会社アドバンス

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なぜハダシストは裸足で走るのか?裸足ランの先にあるもの

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いよいよ次の日曜日は飯能ベアフットマラソン。1年に1度の裸足の祭典です。今年からはシューズの部がなくなったので、完全に裸足ランナーのための大会です。

裸足ランニングをする人は徐々にですが、年々増えているように感じます。ただ、裸足で走る人の中にもいろいろな人がいて、裸足原理主義的な人もいれば、軽いノリで裸足になっている人もいます。

わたしは、ただの裸足好き。裸足だけが理想だとは思わないですし、走りを楽しむためのひとつの方法くらいにしか考えていません。

裸足歴もここまでくると、シューズを履いてケガをするということもありません。

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わたしが裸足で走り始めたのは2010年ですから、今年で7年経過します。2010年にケガで一歩も走れなくなったことから、取り組み始めた裸足ランニング。始めたばかりのころはすぐに足に血豆ができていました。

それでも練習では10㎞くらい走っていたような気がします。

その頃はストイックに練習していたのもあって、10㎞なんてアップぐらいの距離という感覚だったかもしれません。裸足の初レースは5㎞のロードレース。20:05で完走しています。ものすごい坂道のコースでよくこんなタイムで走っているなと、ちょっと感心します。

裸足で走り始めたばかりの頃は、裸足でいかにして速く走るかばかり追求していました。こう見えて裸足でのサブ4も達成しています。24時間も110.25㎞走っています。

でも速さも距離ももはやどうでもいいという場所にいまは立っています。

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もともと人と競うことが好きではなく、闘争心もほとんどないタイプですので、頑張って努力して上達したいという思いがあまり強くありません。アスリート向きの性格ではありません。

ただ、好奇心や探究心だけは人一倍あるので、わたしの裸足の方向性はそちらに向かっていきました。いかに効率よく体を使うかということを追い求めるハダシスト。こちらに関してはそこそこ適正があったようです。

わたしは自分のことを凡人だと思っていますが、あえてひとつだけ他の人より優れているものがあるとすれば、観察力かもしれません。たくさんのランナーを観察して、人間の可能性について考えて試してみる。これの繰り返しです。

これまで裸足ランについて誰かに習ったことは一度もありません。観察して試行錯誤の繰り返し。それがいまのわたしの走りに繋がっています。

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もっとも他の人よりも圧倒的に速いわけでもなく、わたしから学ぶことなんてほとんどないかと思います。裸足での走り方をきちんと学びたいなら、裸足ランニングクラブで習うほうがいいですし、世の中には優れた裸足ランナーがたくさんいます。

観察力が優れていると思っているわたしが言うのですから間違いありません。

でも、裸足に関しては試行錯誤が面白いんじゃないかなとも思っています。基本は誰かに習うということも大事ですが、習ったことにとらわれてしまうと、新しい発想ができなくなります。

わたしはおそらく裸足ランナーの中で、数少ない後傾フォームで走りますが、こういうのは裸足ランナーからきちんと習うと絶対にたどり着かない走り方です。後傾フォームがいいかどうかは別にして。

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わたしは後傾で走っているのではなく、もっとも効率いい走り方を試行錯誤していたら、知らないうちに後傾になっていただけです。おそらくきちんと裸足ランを習ったら、真っ先に修正させられます。

でもそんな変なフォームでも裸足でフルマラソンを11回完走しています。もしこのフォームが本当におかしいなら、フルマラソンの距離を走りきることができないはずです。

結局フォームなんてどうでもいいんです。決まったフォームがあって、そこに合わせるのではなく、理想の走りを追求したら、フォームのほうがあとから付いてきます。

そして裸足で走るときに大事なことは、走りを楽しむことです。

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勝ち負けにこだわるのも素晴らしいなとは思いますが、少なくともそこはわたしの立ち位置ではありません。裸足で走ることで多くの人とコミュニケーションを取りながら走ること。たくさんの人を笑顔にするために走ること。

裸足ランナーでも方向性はみんな違います。

優勝するランナーへのリスペクトも、完走目指してギリギリのタイムで走っているランナーへのリスペクトも変わりません。みんなそれぞれに素晴らしい。レースですので順位はつきます。順位があるから向上心が高まります。

でも向上心とか成長とか、わたしにとっては本当にどうでもいいことです。

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何かを手にするということは、何かを諦めることです。速くなることばかり考えていた頃のわたしは、たくさんのことを諦めてきました。そういうところから開放してくれたのが裸足ランです。

走ることが苦痛になっているランナーに、走ることの楽しさを取り戻してもらいたい。わたしはそんなメッセージも込めて裸足で走っています。

そして次の日曜日に行われる笑顔あふれる裸足ランの祭典が飯能ベアフットマラソン。

日本中からどんなランナーが集まってくるのか、楽しみで仕方ありません。それぞれの思いを持って立つスタートライン。日本で一番笑顔が多いマラソン大会が今年もやってきます。


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中国語勉強中!アプリで華流ドラマを見ているだけですが

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最近は中国語の勉強の時間を作るために、お風呂では中国ドラマを見ています。アプリを使うと最新のドラマを見放題というのが中国のすごいところ。

ちゃんとしたアプリなので、違法ではありません。

で、今日気づいたんですが、いま見ているドラマは9話分までしかなくて、ネットで調べたら42話もあります。要するにまだ始まったばかりのドラマでした。明日9話目を見たら、1週間待たないと次を見れないわけです。

全然いいんですけどね。

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ドラマの舞台は北京。それだけでもちょっとワクワクするし、「これどこだろう?」と思うような場所だらけ。北京を知っているようでまだまだ知らないという事実。知らないということにワクワクできる自分はけっこう好きです。

ちなみに言葉は5%くらいしか聞き取れません。でも中国語の字幕があるので、なんとなくわかりますし、ドラマなので雰囲気で掴めます。

いま見ているのは「赛小花的远大前程」恋愛コメディという分類なのか。地方から出てきた同級生が何やかんやあって、一緒に暮らし始めて、そこに元同僚も加わって男女2人ずつのシェアハウス状態のマンションが舞台。

日本のドラマを見なくなってからどれくらい経つのでしょう。きっと日本のドラマのほうが出来はいいです。でもなぜか見入ってしまいます。言葉を追って集中しているからかもしれません。

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こういうドラマを見ると、自分の単語力の無さを痛感します。

語学は結局のところ語彙力です。それは日本語でも同じことが言えます。こういう物書きの仕事をしていると、自分の語彙力のなさを本当に痛いほど感じてしまいますが、外国語となるとさらにアップします。

数年後には自動翻訳がさらに精度が高まって、同時通訳でもできてしまうらしいのですが、いまの翻訳技術を見ているとあまり期待できません。しかも翻訳でできるのは会話であってコミュニケーションではありません。

言葉というのは間というものがとても大切です。これは日本語だけではありません。間をうまく使えれば、英語の出来ないわたしでも、アメリカ人から笑いを取ることも出来ます。

どれだけ翻訳能力が上がっても、わたしが生きているうちに間を考えた翻訳機まではできないでしょう。

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翻訳でできるのは、相手が何を言いたいのかを理解すること。自分が何を言いたいのか理解してもらうということだけです。人間は言葉をリズム良くキャッチボールすることで、お互いの距離を縮めます。

そういう意味では、翻訳家の仕事は数年のうちに激減しますが、個人が外国語を学ばなくていいという時代は永遠にやってこないのではないかとわたしは考えています。

言葉は文化でもあります。知らない国の文化を学ぶためにも言語の習得は必須です。

でもわたしは中国語でペラペラに喋れるようになりたいわけではありません。むしろ聞き取りさえできればそれでいいかなと。相手が何を思って、何をしたいのかを理解すること。あとはそれに対してリアクションすればいいだけです。

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人間には2通りのタイプがあります。自らアクションを起こすタイプの人と、誰かのアクションに対して行動を起こすリアクションタイプの人。わたしは明らかに後者です。少なくとも会話のキャッチボールでわたしから球を投げることはほとんどありません。

始めての人にどんどん質問する人ってすごいなと思います。わたしは始めての人に対して、どんな質問をしていいのかまったくわかりません。「何か質問ありますか?」と言われると、いつも「多分大丈夫」と答えるタイプ。

個人に対して、興味がないわけではありませんが、どこまで聞いていいのかわかりません。失礼のないようにと思うと簡単には質問できません。

お笑いで言えばわたしはツッコミで、ボケてくれないと言葉を出せないわけです。まぁフリがないとボケもできないのでしょうが。

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わたしもボケに憧れた中学時代がありましたが、どう考えてもボケではありません。常識的なことしか思いつきませんし、何もないところでボケることも出来ません。どうも根が真面目なようで。

文章で笑いを取ることはやろうと思えばできますが、文章は瞬発力がいりません。

こう書けば相手の反応がどうなるかを考えてから、文章にすることができます。ところが会話をする場合は、そうはいきません。間を逃すと面白い言葉も面白くなくなってしまいます。

間を逃すとただの空気を読めないやつになりかねません(それはそれでいいのですが)。

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英語と中国語。少なくともこれだけは相手の要求がわかるようになっておきたいところです。完璧でなくてもいいので、頭が?マークばかりにならない程度には身につけて起きたいと思うわけです。

まだまだ先のことですけどね。

高校時代に3年で理系クラスになるまでの2年間で、英語でオール赤点を取り続けた語学力に対するセンスなさは、この歳になっても健在です。本当によく万里の長城マラソンの日本事務局をやってるなと思います。

マラソンと同じで、コツコツ続ければきっと上手になると信じています。

どこかのタイミングで北京に短期の語学留学してみたいなと考えていますが、それはまた別の機会にお話しましょう。


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腰のトラブルはいい方向へ?自分の体ではないような感覚あり

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お騒がせしましたが(してないか)、腰は悪い方には行かず、むしろ良い方に向かったようです。ちなみに上の写真は昨日撮影したわたしの腰回りの筋肉です。遠くから見ると腹筋に見えますが背筋です。

一昨日の裸足トレイル練習で、腰の筋肉が弾けたような感覚があり、思いっきり体が前方に飛ばされそうになりました。その後、目的地まで違和感を感じながら走り、力が入らないもののなぜか気持ちよく走れて、無事帰宅。

時間が経つにつれて徐々に痛みが増してきて、危ないかなと思ったけど、昨日はちょうどピラティスの日。体を整えながら悪いところを確認してきました。

腰の違和感は相変わらずあるものの、なぜか体はいつも以上にいい反応をします。

上半身が上手にリラックスしているというか、下半身からの連動が自分の思い通りにできます。体ってこんなに思い通りに動くもんだとちょっとびっくりするレベルでした。

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そのことから推測すると、もともと腰の筋肉がズレた場所にあり、そのままずっと走り続けていたのが、トレイルの下りでたまたま開放されて正しい位置に戻ったのかもしれません。

ただし、いつおかしな位置にズレていたのかはわかりません。もしかしたら子どもの頃からかもしれませんし、マラソンを始める前からかもしれません。最近でないことだけは確かです。

昨日のピラティスの影響で、背中全体が張っている状態ですが、今朝から痛みもなくとりあえず走れそうなので、今日は裸足で14㎞のトレイル練習です。

やはり体が思った以上にいい反応をします。スピードにも乗りやすいし、上り坂でもいつも以上に頑張れます。ただし、それらは裸足トレイルに慣れただけかもしれません。

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ただ、走れば走るほどにスピードを上げることができ、かなり快適に走っていました。

ところが、12㎞を過ぎたくらいに一気に減速。足裏もふくらはぎもまだ余裕があるのに、体がまったく動きません。おかしな場所を探ってみると、背中全体がパンパンになっています。

おそらく体が自由に動くようになったことで、これまで以上の可動域を使ってしまい、背中の筋肉を消耗しすぎたのでしょう。鉄の板のような硬さがあり、とてもちゃんとは走れないのでゆっくり歩きも加えて戻ってきました。

個人的には体がいい方向には向いていて、これからに期待できそうなのですが、残念ながらまだ使いこなせそうにありません。飯能ベアフットマラソンでもどこまで持つのかかなり不安です。

そんなことあるのだなと思うようなことが立て続けに起こります。

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本当に走れるようになっているのかは、金曜日に1㎞のタイムトライアルをしてみようかと思います。さすがに金曜日くらいからは疲労抜きもしなくてはいけないので、トレイルで裸足を鍛えるのは明日まで。

裸足で走り始めて、ピラティスも取り入れてから、体との対話を上手にしてきたつもりですが、いつの間にか体がおかしくなっていて、それが治っても上手な使い方がわからない。

とても面白い。

何をするにしても簡単にできたのでは面白くありません。わからないことに対して延々と悩んで、その答えを見つけたときの楽しさは、まるで数学の問題を解いているような感覚。根っからの理系脳です。

いまは集中して山に入っていますが、これも継続したいところです。

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飯能ベアフットマラソンが終わったら、きちんと練習メニューを組んで練習をしていこうと思います。いまはちょっと付け焼き刃の練習が多すぎます。もっとも飯能が終わったら24時間マラソンに向けての練習をしなくては行けないのですが。

とりあえず、目先の目標は背中全体をもっと緩めながら走るということ。いまの体に少しでも早く慣れるということ。

こんなに違うものかとびっくりするほど動きが変わっています。鏡に映る姿もどことなく自然体で美しくなっているような気がします。前はちょっと無理のあるかっこ悪い後傾でしたが、いまは自然体の後傾です。

まだ使い慣れてはいませんが、日々の動きの中では疲れにくくなっていることは練習だけでなく、仕事をしていてもわかります。元に戻すことはできませんので、いずれにしてもこの体をうまく使うしかありません。

これをいい機会と考えて、試行錯誤をして進化していこうと思います。


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飯能ベアフットマラソン完走への3つのアドバイス

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日曜日の飯能ベアフットマラソンに向けて、裸足でのトレイルの走り方について記事を書こうと思ったのですが、今日はトレイルを走っているときに、いきなり腰が弾かれるような感覚があり、ちょっとよろしくない状態。

腰の深い部分なので、腰腸肋筋か。

下り坂の途中で弾けた感じで、体全体が前に跳ねてしまったので、危うく大惨事でした。なんとかバランスを取って、その後も走り続けたのですが、明らかに違和感が残ります。

痛みはありませんが、違和感があり、動きによっては体が嫌がる感じです。

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では走れないかというと、そうでもなく、むしろ上半身に柔軟性があり、足裏の痛みなどが脳にまで伝達されません。ちょっと太めの枝などを踏んだときはかなりの痛みがありますが、脳に伝わらないので痛みが連鎖しません。

こういうのをケガの功名というのでしょうか?

腰が弾けたあとは、間違いなくその前よりもいい走りができます。でも明らかな違和感。これが吉と出るか凶と出るかはしばらく様子見です。

いずれにしても、体にちょっと負荷がかかりすぎていたのでしょう。飯能ベアフットマラソンに向けて体調が良くないことへの焦り。明日ピラティスなので体との対話をしてこようと思います。

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さて、裸足でのトレイルの走り方ですが、トレイルというよりも、飯能ベアフットマラソン21.1㎞の走り方と言ったほうが正しいかもしれません。上位を目指す人ではなく、完走が目標という人向けのアドバイスです。

1つ目のポイントは急がないこと。

レースですので、どうしても周りに引きづられてしまいます。そのときに自分のペースを守れなくなって、後半失速という人がたくさんいます。またスピードを出しすぎて痛みが抜ける前に次の痛みを加えるため、痛みが蓄積します。

1周目は様子見のペースで、2周目の途中まではペースを上げず、2周目の半分まで来て、足裏と筋肉に余裕があれば、少しだけペースを上げるようにしましょう。おそらく3周目は痛みとの戦いです。

そこは気合と根性で。

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気合と根性も大事なのですが、もう1つのポイントとして、痛みを蓄積させない方法を紹介します。考え方は簡単です。息を吐きながら走ります。ハーと長く息を吐きながら走ってください。

吸うときは一瞬です。ハーーーーーーーーーースッ、ハーーーーーーーーーースッくらいの感覚です(だいぶ抽象的ですみません)。

痛みを呼吸で吐き出す感覚です。

注意するのは肩甲骨と肩甲骨の間の筋肉を、弛緩させるということ。いきなりやれと言われても分からないかもしれませんが、とにかく背中全体を緊張させないようにしてください。

呼吸と弛緩に関してはちょっと荒れたアスファルトで試してみてください。普通どおりに走るのと、吐きながら呼吸をするのとどちらが痛みを感じやすいわかると思います。

違いがわからない場合は、もうどっちでもいいです。

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最後にもう1つやっておきたいのが、痛みに慣れておくことです。今週中、できれば2回ほど荒れたアスファルトの上を1㎞でもいいので走っておいてください。これだけで感じる痛みが小さくなります。

足裏の防御力は何も練習していない人の場合ほぼゼロです。100を最大とすると、走る距離にもよりますが1回荒れたアスファルトを走っておけば30くらい耐性が上がります。2回目はおそらく15くらい上がるので合わせて45。

すべて感覚的な話ですみません。

痛みに関してはまったく無防備な状態はとても弱いのですが、痛みに慣れやすい状態です。無防備なまま飯能に乗り込むか、痛みを覚えさせておいて飯能に乗り込むか。好みの問題ですが、完走目的ならぜひ試してください。

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1.スピードを出しすぎない
2.息を吐きながら走る
3.痛みに慣れさせておく

この3つだけ頭に入れて練習をしておけば、21.1㎞くらいの完走は問題なはずです。あとは河童に抜かれないように気をつけてください。もっともその河童は腰の状態次第で、1周目か2周目でいなくなる可能性がありますが。 

あとカメラの前では最高の笑顔でお願いします。笑顔が何よりも痛みを軽減させてくれます。痛みの感情が勝つか、楽しいという感情が勝つかの勝負。

楽しんだ人ほど速く走ることができます。しかめっ面をせずに、最高の笑顔で21.1㎞を駆け抜けてください。


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豊かさはお金で決まるのではなくどんな経験をしたかで決まる

自分の視野の狭さを気づかせてもらえる。自分以外の人と一緒にいるといつもそう感じています。

今日は大山の麓の山を裸足練習の流れで、地元のラン仲間さんにこれまで行ったことのない大山のルートを紹介してもらいました。

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最近は鶴巻温泉から大山までのルートも、トレランをする人に知られ始めて、かなり足場もしっかりしてきたのですが、そのルートはほとんどの人が入り込まない脇道でした。

裸足だったのでスピードは出せませんでしたが、トレイルの美しさに驚き、さらにたどり着いた先の絶景に開いた口が塞がりません。関東平野を一望できる大絶景です。

昨日の雨のせいか、遠くは房総半島まで見ることができ、伊豆大島はもちろんのこと、スカイツリーさえも視認することができます。黙ってたら1時間はその景色を眺めていたかもしれません。

鶴巻温泉に1年半以上暮らしていて、何度も大山に上ったにも関わらず、その脇道に入ったことはなく、そんな絶景がこんなにも身近にあるだなんてまったく知りませんでした。

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大山の下社からの景色がミシュランの二つ星だと言うのなら、ここからの景色は3つ星でもまだ星が足りません。

昼間の景色でしたが、冬の夜であれば想像を絶する夜景を見ることができるはずです。こういうものを教えてもらえる。これが自分以外の人との時間を積極的に持ちたい最大の理由です。

どういうわけか、わたしは誰かにおすすめの場所やお店を教えることが多いのですが、教える側はそれはそれで楽しのですが、今回のような新鮮な驚きほど生きていて嬉しく感じることはそうありません。

すぐにでも誰かを連れて来たくなる。そんな景色がそこにありました。

これほどの絶景になることは珍しいと教えてもらいましたが、天候次第ではきっとこれからも見ることができるはずです。最高のトレイルと最高の景色。この景色を見るためだけに走る価値があります。

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知らないことを知る。これこそが人間が生きている証のようなものです。

この国にはまだまだ知らないところがいっぱいあります。この星となると、その一部を見て回ることすら難しいかもしれません。わたしは北京で円明園に行って、その美しさに目頭が熱くなりましたが、そういう場所を一つひとつ訪れてみたい。これがわたしの欲望のひとつです。

どれだけ美しい景色を知っているか、どれだけ美味しいものを知っているか。

この2つは人生を豊かにするポイントです。美しいものを知り、美味しいものをどこで食べることができるかを知っていれば、人生の半分は間違いなく満たされます。

辛いことがあっても、あの景色をもう一度見るために頑張ろうと思えますし、あの美味しいお店にもう一度行くために踏ん張ることができたりします。

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いくらお金を持っていてもなかなか本物に出会うことはありません。もちろんお金さえあれば、美味しいものを食べることはできます。でもお金がある人は、マイナス30℃の気温の中で食べる肉まんの美味しさを知ることはきっとありません。

そしてわたしが見た絶景を訪れることもまずないでしょう。

感動はプライスレスと言いますが、本物の感動はお金だけでは手に入れることはできません。お金はそれのサポートはできても、実際に感動を得るために行動に移すのは自分自身です。

ビル・ゲイツだって自分の足で進まなければm万里の長城を駆け抜ける厳しさと楽しさを、自分の言葉で語ることはできません。

ビル・ゲイツは間違いなくわたしよりも美味しいものも、美しいものも知っていると思いますが。

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どれだけたくさんの経験をできるか。人生を満たしてくれるのはきっとそれだけ。もちろん感動するような経験だけが全てじゃない。眼の前にいる赤ちゃんに変顔をして笑ってもらうようなどうでもいい経験も大事。

どんな経験をするにしてもやるべきことはただ一つだけ。

動き出すこと。

めんどくさい、忙しい、疲れている。いくらでも動かない理由は作れます。一歩を踏み出さないための理由を考えるなら天才的になれる人がいっぱいいます。

たくさんの経験をするために、いろいろな人に出会うこと。自分の知らない世界に引き込まれたらホイホイついていくこと(きっといつかわたしは痛い目に合う)。そうやって「無理」を一つひとつなくしていけば、毎日がもっとたのしくなるはずです。


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