磐梯の山がおいらに教えてくれた大切なこと

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ゲレンデ逆走マラソンは当然ゲレンデを走ります。雪のないゲレンデは草や木が生え放題なのですが、ランニングコースになる部分は主催者が刈りこんでくれています。とはいえ、10cmぐらいは残っていて脚がしっかり上がっていない時などは引っかかってしまいます。ところが周回を重ねるごとにコースには轍ができていきます。100人ものランナーが5周も6周も同じ場所を踏みしめるのですから、さすがの草木も踏まれてペシャンコになるわけです。あとはそこをそれずに走っていけば足が引っかかることもほとんどありません。

ところが、ちょっと不注意だったり、追い越しをしようとしたりして轍から外れたときに盛大に足を引っ掛けバランスを崩して転びかけました。そのときおいらは気づいたのです。「皇居周辺のランニングコースは轍なのだ」と。おいらは皇居周辺を走らないのでそんなこと考えもせずに「ランナーよ自由であれ!自分だけの特別な場所を探そうではないか」という記事を先週書きました。皇居なんて走らなくてもいいじゃないかというようなことにも触れました。

でも、ゲレンデを走りながら考えたのです。皇居周辺という轍があるから初心者は安心してマラソンを始められるのではないのだろうかと。皇居周辺を走るというのは都内のランナーが何十年も前からやってきたことです。それを見た人が同じように皇居周辺を走ることでマラソンを始める。皇居があるから「どこを走っていいかわからない」という悩みから開放されるのです。もし皇居周辺を走るという文化がなければこれほどまでにマラソンが注目されなかったかもしれません。

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この轍を作るということを得意としている国として日本ほど世界に誇れる国はありません。時としてそれは悪い方向に向くことがありますが、全員が一丸となって同じ道を進むことで後続の人たちが苦労をせずに進むことが出来るのです。高度経済成長をしていたころの日本がまさにそれです。逆に結果的に悪い方向に向いたのが大東亜戦争でしょう。国民がみんな同じ方向を向くので、資源が乏しくてもこれと決めたものに力を注ぎ込める。それがこれまでの日本の強みでした。多くの人が流行を追うのもそういう国民性の現れなのかもしれません。

ところがバブルが崩壊したあと、この国には個人主義・結果主義というものが入り込んできました。いかに個性を伸ばすかということが評価される時代になったのです。就職活動の面接がまさにそれで、いかに自分が他人とは違うのかを説明できない人はなかなか内定が取れないのです。

轍から外れて転びかけたときに「実は轍を走り続けることのほうが大切なのではないだろうか」と感じたのです。この小さな日本という国が世界で輝くには個人主義ではなく轍をできるだけ多くの人が進み、そして轍を道にしていくことではないでしょうか。もちろん、それだけではいつか行き詰まるわけですが、本当に才能がある人が新しい轍の第一歩を踏み出してくれればいいわけです。他の人はその後をついていけばいい。後をついていくというと語弊がありそうですが、ひとつの足跡を轍に変え、道に変える役割をする人が必要なのです。

いまのこの国が弱っているのは、誰かの後についていくことが没個性だとかでカッコ悪いイメージがついたからでしょう。みんなが勝手バラバラに好き放題に歩いて、無駄なエネルギーを使っているから力を発揮できないでいるのです。

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そんなことをおいらのような勝手気ままな人間が言っても説得力がないのは知っています。そしておいらはこれからも誰かが踏みしめた轍も道もできるだけ避けるように進んでいくつもりです。ただ、そういうことをしていると、自分が高尚な人間になったかのような勘違いをしてしまいます。轍を進む人たちの生き方を馬鹿にしていたこともありました。でも、そうではないということにようやく気づいたのです。どっちが偉いというわけではなく、いや偉いとしたら轍を進む人たちのほうでしょう。そういう人たちがいるからおいらは安心して整備されていない道を進めるのです。

井戸水を飲むときには、それを掘った先人を思う。中国のことわざです。

今いる場所が決して自分の力だけで辿り着いた場所だとは思わないこと。何百年、何千年もかけて轍を踏みしめた先人たちがいるから今ここに存在できる。磐梯の山は厳しさをもってそれを教えてくれました。

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