ただモノを捨てるだけでは自由を手にできないのかもしれない

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あまりの寒さにコタツを出そうかと思ったけど、さすがに早いだろうと思い直して踏みとどまった。まだ10月、そして数週間前まで30℃を超える気温だったのになんなんでしょうこの気象変化は。そして10年に一度の台風が去ったというのに、20年に一度の台風がやってきている。異常気象とか温暖化とか言葉にするのは簡単だけど、そんな簡単じゃない大きな変化が地球で起こっているのかな。もっとも地球の歴史から見ればちょっとしたゆらぎみたいなもんかもしれないけどね。

コタツは断念したものの、さすがに床生活のおいらにはフローリングが冷たすぎる。というわけでホットカーペットだけ敷いておくことにした。もちろん電源をいれるのはもっと先。そして、ここにきてようやく扇風機の汚れ落としをして収納してしまうことにした。さすがにもう扇風機は使わないと思う。いや、しまうだけなので必要に応じて使えばいいだけなんだけどさ。

写真に写っているのはおいらの最後の本棚。藤沢に住んでいたころはこのサイズの本棚を4つも5つも持っていたし、もっと大きな本棚もあった。でもそこにあった本を処分してもこれっぽっちも困っていないことを考えると、無駄なものを持っていたんだなぁと実感している。男という生き物は収集癖があるらしいけど、持っているよりも持っていないほうがいろんな面で確実に楽なのは間違いない。

この本棚も処分できるようになったら、おいらの物捨ては完了かな。その過程で捨てなきゃいけないものはもっとたくさんある。最近ちょっと「捨てる」を休んでた。その間に増えたものもかなり少ないけど、整理しきれずに部屋が荒れることもあるので、やっぱり持ちすぎなんだと思う。自分でコントロールできる範囲でモノを持たないと気がつけばモノに支配されるようになってしまう。それを不自由だと感じない人はそれでいいと思う。みんなが断捨離したら日本経済が崩壊するしね。

もちろんおいらにも物欲はある。先週書いたミラーレス一眼のLUMIX GM1は買うつもりでいるし、アップル製品の新しいものはいつだって購買意欲をかき立てられる。でも、基本的にはモノを新しく買う場合は以前使っていたものは手放すようにしている。新しくiPadminiが発売されてそれを買ったら、いまのはヤフオクに出すか欲しい人にあげると思う。間違っても物置で眠っているということだけはない。

iPadもiPadminiもiPod touchも全部使っている。電子書籍リーダとしてkobo touchも活用している。「買ったけど使わない」というものがここ数年で格段に減っています。これはかなり幸せ度が高いかもしれない。自分にとって厳選された必要な物にだけ囲まれて暮らせるのは本当に理想的な生き方だ。

そのためには、自分に必要な物を見極めれるようにならなきゃいけない。自分がどういう生き方をしたいのかが明確にならないと、断捨離だってただのゴミ捨てをファッション化しただけになってしまう。そういう意味ではまだ捨てきれないおいらは目標が定まりきっていないのだろう。モノを減らすというのは、ただ捨てればいいというわけではない。もっと根本的なところで意識を変えていかないと、自由は手にはいらないのかもしれない。

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