メリークリスマス!豊かな国の浮かれすぎないクリスマスも悪くない

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世間はクリスマスに浮かれまくっている…という雰囲気もなく、クリスマスの特別感が年々薄れていっているような気がする。クリスマスイブは赤プリを予約してという時代はもはや笑い話とも言える。ところがマスコミはいまだにクリスマスは特別で、大切な人と過ごすための日という売り出しをしているけど、現実をきちんと見ている人は家族との時間という意味で大切な人と過ごす時間と受け取っている。妙に浮かれた雰囲気がないからか、おいらは今日が本当にクリスマスイブなのか5回はカレンダーを見なおして確認してしまった。

おいらは個人で働き始めたころに日付感覚というものを失ってしまった。だから今日が何月何日なのかというのはほとんど意識しないで暮らしている。だから自分の誕生日程度だと、書類に日付印を押す段階になってその日が誕生日だと気づくことも多い。クリスマスイブも基本的には仕事なわけだから、どうでもいいという感覚だった。でもそれじゃ行けないんじゃないかと思って、今日はクリスマスケーキを買ってきた。買ったのがモンブランなのは、コンビニの他のケーキが2個入りかホール売りなのででそんなに食べれないから。

ついでに寒かったから鍋焼きうどんとカニみその缶詰を購入。クリスマスを祝う準備は万端である。シャンパンなんぞ洒落たものを開けても飲みきれるわけもないので、大好きな日本酒でお祝いだ。いろいろ間違っている感はあるが、世間様並みに祝うという気持ちを持とうとしたことは大きな変化だと思う。もっとも、お祝いの前に5キロのタイムトライアルのメニューがあり、クタクタの晩餐だったわけだけれども。

クリスマスにはいい思い出も悪い思い出もある。リアル「きっと君は来ない」を体験したこともある。思い出しただけで目からなんか溢れてきそうなせつない体験だった。いい思い出というと、それは大人になってからではなく、小学生時代のクリスマスだ。しつけが厳しかった我が家ではスナック菓子というのを口に出来る機会がかなり少なく、クリスマスとお正月ぐらいしかポテトチップスを食べれなかった。ケーキだって母の手作りでクリスマスと誰かの誕生日。ようするにハレの日としてクリスマスがあったのだ。華やかなディナーとにぎやかなテレビ番組、そしてサンタさん。

大人になってポテトチップスもケーキも好きなときに買って好きなときに食べれるようになると、どちらもそれほどありがたみを感じなくなった。クリスマスが特別な日から普通の日の延長線になってしまったのだ。サンタさんがやって来ることももちろんない。いつでも好きなモノを買えるようになったことは豊かさの証拠なんだけど、いつでも好きなモノを食べるという行為は豊かさや幸福というものからは遠い行為のように感じる。豊かさや幸福感はあくまでも相対的なものなのだ。不足しているから満たされたとき幸せを感じる。満たされたコップに注いでもそれ以上の幸せは感じない。

クリスマスに浮かれている人が少なくなってきたのはそういうことなんだろう。それがいいことなのかどうかはわからないけど、子どもの頃に感じたクリスマスが戻ってくることはない以上、それを嘆いても何の意味もない。ただ、好きなときに好きなものを食べたり買ったりすることは少し自重しようとは思う。刹那的な楽しさや気持ちよさを求めるような年齢でもなくなってきた。もっと本質的な豊かさをじっくり味わおうと思う。今年楽しかったことを思い出しながら、これから起こるであろう楽しい出来事を想像しながら、ゆっくりと味わう日本酒。そういうクリスマスも悪くない。

Merry Christmas. おいらに関わる全ての人に感謝します。

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