無知だからこそ我が道を一路に突き進める

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世の中では無知であることは恥ずかしいことと思われているようですが、この歳にもなると無知であることは愉快なことだと感じるようになってきました。

若い頃はなんでも知っているようふりをしていましたが、それが若さというものなのでしょう。どう考えたって世の中のすべてを知ることはできませんし、知っていることよりも知らないことのほうが多いわけです。

何のことを言っているのかというと、先日走った中山道。振り返りも兼ねて、浅田次郎さんの一路を読み直しています。道中もだいぶ進み今は碓氷峠を下って、お殿様が寝込んでしまったところ。

安中のお侍さんが出てきて江戸までの128kmを7時間で走るというシーンです。加賀藩のお姫様が出てきたりと、物語のクライマックスに向かうところですが、大事なのはその少し前の岩村田宿。

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わたしが走った中山道の岩村田宿はアーケードになっていて「本陣跡もない」なんて愚痴っていましたが、まさにこれが無知というもの。岩村田宿は城下町故に本陣や脇本陣がないということ。

一路は以前に読んでいましたが、そんなことは一切頭の中には残っていませんでした。その記述を読んだときにドキッとしたわけです。知らぬが仏ではあるものの、知ったからには恥じるしかありません。

宿場町には必ず本陣があると思いこんでいたわけです。そういえば、本陣跡のない宿場町がいくつかありました。例えば高崎宿。街道の近くには立派な城跡が残っています。

本陣は参勤交代のお殿様が泊まるわけですが、城下町でしたら藩主の顔を立てて泊まらないということもあるわけです。藩の規模や城主の地位にもよりますが。

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これまで何年も街道を走ってきたのに、そういうことも知らなかったわけです。でも、今回は無知ゆえに知るという喜びが合ったわけです。ひとつ賢くなったわけですから、恥じるにしても喜ぶべきことです。

何でも知ったふりをしていた若い頃にはそうもいきません。知っているつもりで知らないのですから、後から猛勉強したことは数知れず。できないことを「できる」と言って、自らの首を絞めたことも。

さすがに40代にもなってそういうわけにはいきません。自分で自分の尻拭いをするのではなく、最初から拭わなくてもいいように、無知であることを楽しむようになったわけです。

たぶん、これは会社員を止めたことで身についたのかなとは思います。会社員というのは周りの評価がとても重要です。いくら自分で頑張っても、周りが評価してくれないと意味がありません。

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でも個人事業主は自分の評価は自分でしなくてはいけません。行動のすべては自分が決めなくてはいけませんが、周りからどう思われようと気にしなくていいわけです。

どちらの生き方がいいかは人それぞれです。わたしはええかっこしいのところがあるので、周りから評価される環境というのは、刹那的にはがんばれても最終的に疲れてしまいます。

反対に、物差しが自分のものしかないのであれば、自分で納得するように生きればいいだけ。これはとても簡単なことで、ストレスもほとんどありません。

そして自分のものさしでは、無知であることは人生を面白おかしくしてくれるのだと考えるようになったことで、初めて見るもの、初めて聞くことを純粋に楽しめるようになったわけです。

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それと同時に、知らなくてもいいことに対しては一切の興味を持たなくてもいいということも知りました。

いまのわたしは世の中の人が知っているニュースの半分も知りません。世の中で何が起きているのかも知りませんし、知ろうとも思いません。本当に知らなくてはいけないことなんて、世の中にほとんどありませんから。

そういう考え方になってきた今日このごろ。世間知らずだからこそ見えることもあるのだと言い訳しながら、ただひたすらに我が道を一路に突き進むとしましょう。


知ってるつもり――無知の科学
著者:スティーブン スローマン / フィリップ ファーンバック

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