都知事選はかまわないが都政を老人に託して未来はあるのだろうか

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基本的に興味はないのだけれども、マスコミが盛り上げるのでどうしても目に入るのが都知事選。なぜ東京ローカルの話を全国放送のニュースで時間をかけて放送するのかは疑問であるし、誰が当選しようが知ったことではない。ただ気になることがひとつだけある。なんで70歳とか80歳にもなって知事になろうと思うのだろう。わたしは40歳手前ですでに発想がこり固まっていると感じるし、記憶力も曖昧になっている。70歳というのはそもそも人間の寿命の限界をはるかに超えた年齢である。いつ何時倒れてもおかしくはない。そういう人が知事をするのはどうかと思う。

会社も政治も30代とか40代というのが本来ならば中心にならなければいけない。会社であれば働き盛りの人がうまく働けるように年長者が経営を整えるというのはまだわかる。政治の世界はもっともっと若者が中心になるべきじゃないかと思う。そうならなくても別に構いはしないけど、70代で都知事選に出るという元首相を見ていると、この国の歪みがとてもよく伝わってくる。そして若者が夢を持てないという現実はそこに問題があるんじゃないかと思う。

引き際というのはとても大事だ。サッカーのキングカズこと三浦知良さんのように引かない美学というのも間違いなくある。でも、政治のようなお金の匂いしかしないような世界では引かないことは欲まみれとしかうつらない。政治家と金は切っても切れない関係にある。もしその関係を切れる人がいるとしたら政治家になる前から相当の資産家なのだろう。いずれにしてもお金がある人が国の政を行っている。

そしてそれらの候補者が言っていることはそこらへんの高校の生徒会長選挙の演説と大して変わりはしない。出来もしないことを並べて、票を集めようとする。ただただ気持ち悪い。都民は今回の選挙で苦しむと思う。誰に一票を入れていいのかで悩み、当選した都知事の政によって苦しむ。もうこの国には本当の政治家なんていやしない。都知事に求められる器の大きさが大きすぎるのだ。誰もその器を満たすことは出来ない。

この国の未来を60歳とか70歳とかになろうという人たちに託さなけれないけないという現状が悲しい。

じゃあもっと適した人がいるかと言われるといい答えが見つからない。でも、本当の正直になれる人は少なくともこの国では政治家にはならない。政治なんかよりも自分の力を明確に活かせる場を求めてビジネスの世界に向いたり、スポーツの世界で自分を高めようとする。それはそれでいいが、この国はきっとこのまま病んでいくことは間違いない。

そんななかでいかに自分と自分の身近な人たちが病まないでいきていけるかを、個々人が考えなきゃいけない。わたしたちに世界や日本を変える力がないとしても、自分を変えること自分の大切な人を守ることぐらいはできる。国がおかしくなるならその力を磨くしかない。「きっと大丈夫」なんて根拠のない安心感をいつまでも持つのではなく、何があっても大丈夫だと思えるぐらい自分を高めることがこれから求められるのではないだろうか。

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