美味しものが好きなのはきっとあの人のせい

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美味しいものが好き。そういう自分を卑しいなと思うこともありますが、美味しいものを食べることがわたしの原動力になっていることは、どうやっても否定することはできません。

わたしが1年に何度も台湾に行くのは紛れもなく、台湾の料理を楽しみたいから。花蓮が気に入ったのは、とにかく美味しいものばかりに囲まれていたから。

マラソン遠征だって、やっぱり食べることがメインです。

でも、美味しいものを食べたいというのは傲慢だなと感じますし、人に自慢するようなことでもありません。むしろ恥ずかしいことで、とても個人的なことでもあります。

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人の味覚はそれぞれに違います。だから、自分が美味しいと思うものが他の人に同意してもらえるわけではありません。反対に誰かが評価したお店が必ずしも自分の好みとも限りません。

だから、美味しいという感覚はとてもパーソナルなものです。

そして、世界には毎日食べるだけで精いっぱいという人たちがいます。そういう人のことを考えて食べるべきだなんて思いませんが、そういう人がいるのに、食べ物に「美味しい」「好みではない」なんて評価するのは恥ずかしいこと。

頭では分かってはいるものの、美味しいものはやっぱり美味しいわけです。ついつい笑顔になることもあれば、美味しすぎて無言のまま箸を動かし続けることもあります。

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いったい「美味しい」というのはどういうことなのでしょう?人間にはなぜ食べ物に好き嫌いがあって、なぜ美味しいと思う感覚があるのでしょう。

美味しくないとか好みではないというのは分かります。自分の体に必要でないものを摂取しないための感覚の延長線にあるのでしょう。わたしは小さなころにエビを食べられませんでしたが、きっとあの頃のわたしの体には危険な食べ物だったのでしょう。

でも、美味しいという感覚は食欲が増しすぎて肥満に繋がります。人間にとってはマイナスな感覚のような気がします。

それでは美味しいという感覚がなくなった世の中はどうなるのでしょう?きっと飲み会のようなものはなくなるのでしょう。ヴィダーinゼリーやカロリーメイトしか出ない飲み会はどう考えても盛り上がりに欠けます。

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もしかしたら、美味しいという感覚はコミュニケーションに関係しているのかもしれません。美味しいという感覚があるから、それを大切な人に分け与えたくなる。そして与えたものを美味しいと言ってもらえることが喜びになる。

それは買ってきたお惣菜やケーキなどでもそうですし、自分で作ったものになるとなおさら喜びは大きくなります。手作りの場合には、作ってもらった人も、自分のために作ってくれたことを喜びに感じます。

「美味しい」はわたしが思っていた以上にパーソナルなものではなく、オープンなものなのかもしれません。

そして、わたしは自分が思っている以上に、誰かとコミュニケーションを取りたいと望んでいるのでしょう。そういえば、美味しいものを思い浮かべるときに「あの人に食べてもらいたいな」と思うこともよくあります。

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「あの人」が固定の誰かを示しているわけではないのであしからず。

ただ、「あの人」はたいてい食いしん坊です。そういうときには美味しいものを食べることが好きな人しか思い浮かびません。正確には自分の美味しいと思うものを、美味しいと感じてくれる人ですね。

美味しいものを食べているときも幸せですが、わたしはそれを共有できることにもっと大きな幸せを感じているのかもしれない。最近になってそう思います。

万里の長城マラソン日本事務局のモチベーションも、みんなと美味しいものを食べられるところにあったりします。そう考えると食いしん坊も悪いものではありません。

人に誇るようなこともでもありませんが。


おいしい時間をあの人へ
著者:伊藤まさこ
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