万有引力の法則「人は会うべき人と引き合うようにできている」

東京はいったいどれだけの人たちが引き合っているのだろう

東京はどれだけの人たちが引き合っているのだろう

ひさしぶりに密度の濃い休日だった。いや、先週もじゅうぶんすぎるほど濃かったな。こういう休日が増えてくると夏に向かってるなぁと実感が湧いてくる。おいらが濃い時間と思うときは誰かに会って話をしているときだ。冬はマラソントレーニングや大会が生活の中心になるのでどうしても自分と向きあう時間が多くなってしまう。何をするにしてもまずはマラソンが優先されるから付き合いも悪くなる。何かを手にするには何かを手放さなきゃいけない。こればっかりは仕方ない。

冬が終わるとマラソンシーズンはオフになる。24時間マラソンとか万里の長城マラソンとかはあるけど、おいらの中では真剣勝負の場ではない。だから、友だちや仲間との時間を優先させることができる。1日ぐらい練習できなくても気にしない。1日走らないと気持ちは悪いけど。そういう時間が夏に向けて多くなってくる。この時期はできるだけ多くの人に会っておこうと思う。先週は高校時代からの友だちの仕事仲間の飲み会に飛び込み参加。今日は『1日で巡るお遍路さんin丸の内』の当日券がなかったので、そのまま都内の友だちの家に行ってきた。そのあとはピラティスで、帰りにピラティスの先生が行ってきた世界一周の船旅の話を聞いたり。

1日お遍路はできなかったけど…

1日お遍路はできなかったけど…

そうやって人と話をすることで想像力だったりやる気が刺激される。あたり前だけど自分以外の人は自分と違う考えを持って生きている。時と場合によってそれらは心地よかったり、不快だったりするわけだ。さすがにこの年齢になってくると不快に感じるようなことはめったにない。違うからこそおもしろいと思えるようになってくる。同じものを見て、同じように感じたいなんてラブソングの歌詞のような世界は望まなくなった。ただ一緒の時間を過ごすだけで面白いと思える。もっとも許容の範囲というものはある。自分が自分であるために超えてはいけない、超えさせてはいけない一線というのは確実にある。

ランナーは基本的に孤独だ。いろんな人に支えられながらでも最後は自分の力で走らなきゃいけない。誰かが代わりにフルマラソンのラスト5キロの苦しみを背負ってくれることはない。そういう意味では強い心を持っていなきゃいけない。でも、その強い心は自分の周りにいる人たちの存在なしには作れない。叱咤激励で刺激を与えてくれる人、おいらが危険なことをするのを心配してくれる人、言葉にはしないけどその背中で語ってくれる人。そういう人たちと同じ時間を過ごした分だけランナーは強くなれる。いや、男は強くなれる。誰にも支えられていない強さは本物の強さじゃない。

もっともおいらは強くなるのが目的で人と会うわけじゃなく、純粋に会いたいなと思う人に会っているだけ。いまの自分に必要な人とは必ず引き合う。あれだ、万有引力の法則ってやつだ。すべての人は引き合っている。その中でも会うべき人との引力は自然と強くなる。シーズンオフのおいらはいろんな人と引き合っている状態なんだと思う。そういう意味では万里の長城マラソンでどんな人と出会えるも楽しみだ。どうせなら中国人のかわいい女の子と友だちになれるというのが面白そうだけど、こればっかりは万有引力にまかせるしかない。いい年したおっさんの中国人と引き合っても苦情申し立てはしない。

スポンサーリンク