わたしにとっての強さとは「やれることをきちんとやる」こと

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定期的に書いているかもしれないけど、ときどき思い出すために書いておきます。

強いってなんだろうなと思うことがある。力が強いっていうのはわかりやすい。でも人間として強いっていうのはわかるようでかなり曖昧な表現だ。すでに答えを持っている人もいれば、答えを探している途中の人もいます。もちろん、そんなことと無縁の世界で生きている人もいます。

以前、派遣関係のサイトを運営していたとき(実はドメインを変えてまだ細々とやっている)掲示板で派遣に関する悩み相談を受け付けていました。そこでわたしなりの答えを提示すると「あなたは強いからそういうことできるんですよ」と返されたことが何度かあったのです。本当にわたしは強いのだろうか、いやそもそも強いとは何なのか、「わたしはそんなに強くない」という言葉は言ったもの勝ちではないだろうかと感じたのを覚えています。

強いということに関しては、わたしの中ではあるひとつの答えがすでに出ています。それは「やれることをきちんとやる」というごくあたり前のこと。これをできることは強いのだとわたしは解釈しています。

この考え方はお遍路中に出会った人から学んだこと。夏のお遍路で、日中は30℃をゆうに超える気温の中のお遍路。少し涼しくなってきた夕方に、ある小学校の校門前で休憩をすることにしました。腰を下ろしてゆっくりしていると校内で、花や樹に水やりをしている女の先生が目に止まりました。この暑い中、休みの日に毎日わざわざ水やりのために学校に出てきているそうです。「大変ですね」とわたしは声をかけたら「大変ですけど、水をやらないと枯れてしまいますから。やれるべきことをきちんとやらずに後悔したくないじゃないですか」とその先生は応えたのです。

お遍路をしている人は結願するまでに何度か弘法大師に出会うと言われていますが、わたしはその先生が弘法大師だったのではないかと今でも思っています。「やれることをきちんとやる」。言葉では誰でもわかっていると思うんです。でもそれをあたり前のように実行するのはすごく難しい。人間は怠けたくなる生き物ですし、どこかで手を抜いたり楽したくなるものです。でもそこで楽しても得られるのは刹那的な自由でしかないんですよね。

わたしは自分がまだ強くないと思うのはまだどこかで手を抜いたり楽をしようとする気持ちが残っていると感じているからです。以前に比べればずいぶんと強さを身につけたような気がしますが、まだまだ先は長そうです。でもこれからも強さを求めていこうと思います。その過程でわたしの中で強さの定義が変わるかもしれません。それでも、まずは「やれることをきちんとやる」を忘れないように心がけ、そして実際に行動していこうと思います。

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