貯蓄ゼロのわたしが、ちょっとまじめに貯蓄について考えてみた

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先日、既婚者女子2名が「30代後半なら貯金は1000万円ぐらいあるべきよね〜」と言っていた。2人ともそれほど浮世離れした人たちではないので一般的な女子の感覚はそういうものなんだろうと思う。そのうちの1人はわたしに1円も貯蓄がないことは知っている。それは君の生き方だからいいのではないかとのことだ。それにしてもどういうことだろうか、就職して15年ぐらい働いて貯蓄が1000万円以上の人がいて、わたしのように0円の人がいる。いったいどこで差がついたのだろう。

ちなみに1000万円を15年で貯めようと思うと年間に67万円貯めることになる。私は年に3回は海外に行き、その予算が約50万円に設定している。これを止めてなおかつガジェットの購入を半分に抑えれば15年でそれぐらい貯まる計算になる。なるほど、そう言われてみれば海外に行かない人のほうが世の中には圧倒的に多い。そもそもこの国のパスポートの所有率は30%にも満たないのだ。

でも海外に行かない人は国内旅行をするじゃないかという意見もあるが、おそらく1000万円貯まっているような人よりもわたしのほうが圧倒的に国内での旅行は多いだろう。もしかしたら国内旅行で使う金額は海外旅行と同じぐらいかもしれない。ようするにわたしは1年に100万円以上も旅に費やしていることになる。貯まるわけがない。もちろん貯めるつもりもない。

なぜ、みんなそれほどお金を貯めるのだろう。将来への不安?結婚準備?結婚準備ならわたしはその気がないので貯める必要もないだろう。そもそも結婚資金というのはなんなのだろう。冷静に考えてほしい。結婚式に何百万円もかかるのはどういうことだ。一生に一度だから?身近に離婚者もいるのでその人たちも含めて悪く言うつもりもないが、これだけ離婚が簡単になった世の中で結婚式とはいったい何なのだろう。こだわりの結婚式をしたいという大人と妖怪メダルを欲しがる子ども、大した差はない。

はっきり言おう、結婚式なんて幻想でしかない。庭のある大きな白い家で白い大きな犬とブランコではしゃぐ。意味不明な幸せの象徴のようなイメージ。もちろんわたしがなにかの間違い(この表現はよくないな…)で結婚することになったら、こだわりの結婚式を開く可能性は否定出来ない。結婚式は花嫁のものだから。でも、やはりそこに何百万円もかけたい人と一緒になることはないだろう。感覚が違いすぎて将来的に一緒にやっていけるはずがない。

さて、もうひとつの将来への不安だか、これを否定するのは難しい。最新のねんきん定期便によるとわたしが現段階でもらえる年金額はひと月に5万7千円だ。いくらなんでもこれで暮らせるわけがない。持ち家がなければ家賃だけで消えてしまう。もちろん、このままサラリーマンを続けていけば15万円ぐらいにはなるのだろう。持ち家があればなんとか暮らしていけそうだ。ではなぜ1000万円も必要なのだろう。

老後の不安もそうだが、いつなんどきリストラにあっても数年は暮らしていけるだけのお金という意味もあるのかもしれない。リーマンショック以降、その意識の高い人が大勢いる。半年近く無職だというのはありえないことではないのだと。その不安からどれだけお金があっても不安ということになる。でも、大事なのはお金を貯めることではなくお金を稼げる人間になっておくということじゃないだろうか。

繰り返しになるがわたしには貯蓄がまったくない。でもこの瞬間に職を失っても明日から稼いでいける自信はある。それだけの人生経験も積んできたし、それだけのことを身につけてもいる。この国がものづくりをやめない限りわたしに仕事はあるし、それ以外の稼ぐ方法も知っている。それはいまわたしに貯蓄がないことと無関係ではない。わたしはわたし自身にお金をかけてきたのだ。多くのものを実際に見て、多くの人に出会って学んできた。わたしの銀行口座にいま1000万円あったとするならば、きっといまのわたしはここにはいない。

とはいえ、結局は好きなことを好きなようにやっているだけだ。好き勝手に来てきたらこうなっただけだ。きっとこれからも貯蓄なんてしないだろう。貯蓄ゼロと言ってればお金目当てでわたしに近づいてくる人もいないだろうからそれはそれで悪いことではない。将来への不安なんてくそくらえだ。わたしはいまを生きている。キリギリスと呼ばれようともわたしはアリのように生きられやしないのだから。

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