学ぶ時間はいつだって楽しかったことを思い出した日

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久しぶりに勉強をしている。もちろん、日々の語学の勉強なんかはずっと続けているけど、知識を身につけるという意味での勉強はかなり久しぶりな気がする。最初の会社にいたころは本当に毎週末勉強に時間をかけていた。社会人になってわからないことばかりなので、給料から生活費を抜いた残りはほとんど書籍代に消えていった。毎週桜木町の大きな図書館で機械設計の調べ物をして、自宅やカフェで社会人としての知識の勉強。あの時があったからいまの自分があるのだけれども、気がつけば勉強よりも実践中心になっていた。

いまでも知識をつけるならまず行動だと思っている。座学は効率が悪いし本当に苦手だ。とはいえ、まったく知らない分野については基礎を学ばなければそれも効率が悪くなる。基礎が大事なのは勉強もスポーツも同じ。万里の長城マラソンをもっと世の中に広めるため、Project Mを成功させるために思いつきで行動していたのでは無駄にから回ることはこの1年で痛感した。まずは基礎を学ぼうと近所の図書館で該当しそうな本を借りてきた。

借りてきた本で使われている単語がまずわからない。入門本であるにもかかわらずだ。こういうのは本当に新鮮で楽しい。自分の幅が広がっていくのを実感する。学んでいる分野と違う部分でも活かせるのではないかと考えるし、これからやっていこうと思っていることが明確になってくる。

ただ、学んでいる間は手を動かすことができないのはもどかしい。小さなことならできるけど、作業となるとまずは基礎を身につけることが最優先で、それを怠ると二度手間になってしまう可能性が高い。手を動かしたい気持ちをぐっと抑えてとにかく学ぶ。学ぶことはとても楽しい時間でもありながら、耐える時間でもあるのだ。

こうやって勉強している時だけは何歳になっても学んでいたいなと思う。知らないことを知る喜び、自分が変わっていくのを感じられる瞬間というのは日常生活の中だけでは得られにくい。大きな壁にぶつかったとき、いままでの自分に満足できなくなったときにだけ、成長のチャンスはやって来るのだ。

もちろん日々のコツコツ努力も重要だ。特に語学系は継続だけが習得への道だ。ただコツコツの努力は成長もゆっくりでなかなか実感できない。成長しているなぁと実感できるのは真っ白なキャンバスに絵を描きはじめるときだ。なにも知らないことを学ぶときのワクワク感はやはり何事にも変えられないほど価値がある。人生がキラキラする瞬間と言ってもいい。この気持ちを忘れずにいようと思う。

もちろん、学ぶことが目的ではない。目的はあくまでも万里の長城マラソンとProject Mの成功だ。そのためにしっかり学ぶ時期であり、大変なのは実践が開始してからだ。そうなるともうノンストップで走り続けるしかない。いまはそうなる前の一瞬の安らぎ。気力も知識もいまのうちに充実させておこう。

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