あなたが全力を尽くすのをじゃまする人はどこにもいない

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ようやく万里の長城マラソンの残作業から開放されつつある。言うまでもなくそれは来年に向けての作業が開始したことを意味する。すでに1名がエントリー済みで、1名がエントリーのやりとり中。そして今年参加してくれた北京在住のランナーさんが会社ぐるみで参加表明をくれた。参加者200名を集めるというのもいけそうな気がしてきた。

やる気だけは満ちている。ただやる気だけでは200人とは向き合えない。そして、わたしが目指すのはただ200人集まればいいというわけではない。1対1で向き合う×200でなければわたしが事務局をやっている意味がないのだ。一人ひとりの参加者と全力で向き合う。それがわたしの理想であり、そこはブレさせてはいけない。

現実としてそれができるかどうかはわからない。ただ代表の朱さんもすべてのランナーに対して全力で向き合っている。そのことで細かいところまで目が行き届かなかったりすることもあるのだが、それが万里の長城マラソンの色でもある。参加者の笑顔のためならちょっとやそっとの大変さはむしろウェルカムだろう。

世の中には失敗を避けたり、恥をかくことから逃げたりとか、そういう人がかなり多くいる。というよりほとんどの人がそうなんじゃないだろうか。「苦労は買ってでもしろ」と言われていたのは遠い昔で、いまは「苦労は買ってくれる人に売れ」と言うのだと何かで読んだ記憶がある。

そうなるとそこは一巡して逆に買う側にまわるべきだろう。大勢が流れる方と逆のことをしておけばだいたい間違いない。それは冗談としてもやはり苦労は自ら買って出るべきだろう。苦しい思い、悔しい思いだけが人間を成長させる。「褒められて伸びる」なんてたわごとでしかない。

ただ、むやみに苦労するのはおすすめしない。きちんとした想いがあり、そこに向けての苦労はどんどんすればいいのだ。誰かの笑顔を見たいのであれば、そのために全力で力を尽くせばいい。よくわからないのに頑張るというのは奴隷みたいなものだろう。行動にはまずは志があるべきだ。

逆に言えば志さえあれば、あとはがむしゃらにやればいい。人生のすべてをそこに注ぎ込めばいい。仕事で成功したいなら一日15時間でも20時間でも働けばいい。大切な人を守りたいのであれば、全力で大切な人を守りぬけばいい。決して流されてはいけない。緩い方へぬるい方へと人は流されていく。志はそこで流されないためのアンカーなのだ。

人生は一度しかない。そのことの意味をしっかり考えようではないか。今という時間は二度と戻っても来ない。何度も使い古された言葉だけれども、それは真実でもある。自分が納得できる人生を送れるかどうかは自分自身で選べるのだ。あなたの人生をじゃまする人がいるとしても、あなたが全力を尽くすのをじゃまする人はどこにもいない。

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