少なくとも、目の前で倒れている人を見て見ぬふりをする生き方だけはしたくない

Michelangelo 71282 1280

目の前で人が倒れ込んだら、とっさに助けられる自信ありますか?見て見ぬふりをしない自信ありますか?そう聞かれるて躊躇なく「はい」といえる人はどれぐらいいるだろうか。

ついさっきの出来事だ。駅前の信号のない横断歩道でおじいさんと言うには少し若い感じのする男性が転んでしまったのを女性が1人介抱していた。正直すごいなと思う。

鶴巻温泉は大きな病院があるので医療関係者がけっこう暮らしているので彼女もそのうちの1人なのかもしれない。それでも見て見ぬふりをしない行動は、感動の超大作映画よりもよっぽど勇気をもらえる。

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あたりまえのこと、なのかもしれない。でも本当に見て見ぬふりをしない自分でいられるだろうか?

困っている人がそこにいて「どうしました?」っていつでも言える人はどれぐらいいるだろう。その人を助けたところで、見返りがあるわけでもなければ、むしろ自分の時間を奪われる。

震災や洪水の被害にあった人たちが困っているとき、すぐに立ち上がれる自分でありたい。会社をやめた理由のひとつにいつでも被災地に行ける身でありたいと感じたからというのもある。

とはいえ、いまの自分はまず生活基盤が安定していない。人を助ける前に自分をなんとかすることから始めなくてはいけない。それでも数年後には自由に動ける自分にはなっているだろう。

そういうことをすると「偽善だろ」と言う人も出てくるだろう。あながち間違っているわけでもない。わたしは別に困っている人を救いたいわけではない。困っている人を助けなかった自分が嫌だから助けているだけ。

「雨ニモマケズ」

そういう生き方をしたい。周りから変人扱いされようとも、西に困っている人があれば微力でも力になりたい。東で涙を流す人がいれば、涙が乾くまでそばにいたい。

おかしいだろうか?

きれいごとに過ぎないことはわかっているが、どういうことかわたしはきれいごとのなかでしか生きられない。そう育てられたからなのか、そう育ったからなのかはわからない。そういう人間が1人ぐらいいてもいいだろう。

少なくとも、目の前で倒れている人を見て見ぬふりをする生き方だけはしたくない。

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