亡命とは国への思いがあってこそなせるもの

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「野球選手のグリエル兄弟がキューバから亡命」という報道がありました。キューバとアメリカの国交が正常化していく中で「なんで今さら?」という思いがわたしが最初に感じたことです。

わたしがキューバに行ったのは2001年の夏でした。

当時はまだキューバとアメリカの仲が悪く、国交回復なんて考えられる状態ではありませんでした。キューバに入国するのにビザを発行したり入国スタンプを押すと、アメリカへの入国で揉めることになるらしく、キューバはビザではなくツーリストカードというものを発行していました(現在も入国に必要)。

メキシコのカンクンからキューバのハバナまでのフライトが世界的なキューバ人バンドのブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブと同じ便になり、キューバの入国審査でわたしの後ろにボーカルのオマーラ・ポルトゥオンドが並んでいました。

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブが大好きだったわたしは驚きのあまり後ろを振り返ることすらできません。

世界的なトップスターでも特別扱いしない。みんなが平等な国キューバを入国の瞬間から味わうことになりました。

1962年にキューバがアメリカからの経済封鎖を受けたとき、彼らの同世代のミュージシャンの多くは亡命しました。彼らはキューバという国を愛し、キューバで暮らす人たちと生きる道を選びました。

たとえ貧しくともフィデル・カストロが起こした革命を支持し、チェ・ゲバラの魂を受け継ぐことを選んだのです。

亡命とはそうやって国を愛する人たちがいるから成立するものです、例えばいま日本から亡命するという文脈は成立しません。国を抜けることが簡単であり、政治や宗教上の理由で弾圧されることもないというのもありますが、この国には心から日本を愛すると口にする人が圧倒的に少なすぎるからではないかとわたしは思います。

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国を愛するというとやれ右翼だとかいう発言になるのですが、キューバという国を愛しているキューバ人は決して右翼ではありません。もちろん右翼を否定しているわけではなく、あたりまえにそこで暮らす人たちが国を愛しています。右も左もみんな国を愛しています。

その愛する気持ちを背負って国を抜けるから亡命は重いものになるのです。国を捨てる重みはきっとわたしたち現代の日本人には理解できないかもしれません。

ただ日本という国を愛することはいまかででもできます。言葉にしなくてもこの国の自然や風景を愛し、この国で生きる人達を愛することはできます。

ちょうど明日は建国記念の日です。神武天皇の即位した日です。それはいいとして、たまにはこの国のことを考える日にはちょうどいいかなとわたしは思います。

明日1日だけでも日本という国のいいところ探してみませんか?自分の見つけた日本のいいところfacebookやtwitterにアップしてみんなに紹介してみませんか?それがたくさん集まることが国を愛する気持ちにつながるような気がします。

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