もし長嶋茂雄の背番号が3でなかったら

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川上哲治さんが長嶋茂雄さんの背番号を3ではなく15にしたかったという話は、ジャイアンツファンでなくても知っている話でしょうか?でも今日の話は実は長嶋茂雄さんはもう出てきません。おもしろいタイトルが欲しかっただけ。

ジャイアンツファンの皆さんごめんなさい。

話をしたいのは「3」という数字の魔力というか魅力、その秘めたる力をもっと積極的に活用していこうといういたって真面目な話です。退屈はさせないように頑張ります。

『3つ子の魂百まで』『3度目の正直』『石の上にも3年』・・・まだまだありますね。決して博識を自慢したいわけではありません。ときどきわたしのことを物知りだという人がいますが、わたしの知識はすべてFM横浜とKBS京都の電波から仕入れたものです。

話がそれましたが、3という数字はやたらと諺に出てきます。あくまでもわたしの感覚ですが3という数字は非常に安定しているように感じます。構造学的にもやはりもっとも安定してるのが三角形です。

以前わたしがよく読んでいた作家さんに井形慶子さんの本「3つに分けて人生がうまくいく イギリスの習慣」には大きな影響を受けました。

人生を「仕事・家族・自分」に分けて、どれかひとつだけに偏らせるのではなくバランスよく生きなさい、この本からはそう学びました。わたしの場合は「仕事・仲間・自分」に置き換えて、いつもバランスをとっています。

こうすることで、何か一つダメになったときも、残り2つがあることで自分のすべてを否定しなくて済むそうです。仕事がダメになっても仲間がいるじゃないか、自分のやりたいことがあるじゃないかと前向きに考えることが出来ます。

仕事だけに偏っている人は仕事を失った途端に自分を全否定されたかのような気持ちになってしまいます。「自分は仕事だけじゃないでしょ?」3つ持っていれば、そんなふうに考えられます。

例えばわたしは自分自身の生き方を「マラソン、ライター、旅人」と位置づけています。これも3つにわけて考えた結果です。人生の三本柱とでも言えばいいでしょうか。最終的にはこの3本柱すべてから仕事を得ることを目指しています。

もちろんマラソンの中は「仕事・仲間・自分」にの3つに分かれていますし、他の2つも同じです。「1本の矢は折るのは容易く、3本の矢なら折りにくい」ここでも3が出てきましたね。

そしてやはり3という数字は美しいわけです。「三丁目の夕日」が「二丁目の夕日」ではダメなんです。八咫烏の足が2本だったらただのカラスです。駆けつけ三杯が四杯だといきなり泥酔です。三種の神器が四種だったらありがたみが薄れます。

もう出ないと言いましたが、長嶋茂雄さんの背番号も3だったから、国民的英雄になれたんじゃないかとわたしは考えています。背番号が3だから安心できるし、期待してしまうのです。長嶋茂雄さんがその期待に応えられる器だったからこそ、ですが。

3を意識する。3つに分けて考える。いろいろ応用できそうじゃないですか。

ただこれだけ3を推しておいて、わたしの好きな数字は7だなんていまさら言えない・・・

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