子ども好きなのかわからないけど、子どもはいろいろ満たしてくれる

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子どもが好きかと聞かれると、「どうだろう?」と答えてしまうけど、どう考えても子どもと一緒の時間は好きなんだろうと思う。なぜこんな風になったかはわからないけど、子どもと遊んでいる時間は大変だけども満たされる。今日は少し前に子どもの生まれた仲間の家に押しかけて、抱っこさせてもらいました。生まれた日に顔だけ見に行ったけど、まだ抱っこの出来る状態じゃなかったので、別の仲間と一緒に、初めましてして来ました。

おいらの勝手な考えでしかないけど、子どもはみんなの宝物だと思っている。決しておいらたちの年金を支えてくれるからというわけではない。純粋に子どもがいなければ国は滅ぶし、以前も書いたけど命をつなぐことが人間が生きるという唯一の理由じゃないかというおいらの考えからすると、子どもはみんなで守っていかなきゃいけない。

もっとも守っていくというのと過保護は違う。このへんのバランス感覚はすごく難しい。おいらなんて自分の子どもじゃないからいいけど、実際に自分の子どもを育てようとしたら、過保護と守ることのバランスをうまくとれる自信がない。子育てというのはほんとうに難しいことだなぁとつくづく思わされる。難しいけど、難しくしすぎてもダメで…

まぁそういう理屈の部分は学者さんとか専門家とかそういう人にまかせておけばいい。おいらは100%の力で子どもと向き合って、厳しさも忘れないようにしながら楽しく一緒に遊ぶだけのこと。とにかく子どもが心をひらいてくれなきゃ話にならない。子どもが「こいつは敵ではない」という認識をしてくれなきゃいけない。そこらへんをしっかり考えている…わけもなく。あまり何も考えずに気がつけば子どもと仲良くなっている。

そういう姿を見て「子ども好きですか?」と聞かれるんだけど、本当に自然体で接しているだけなので、その瞬間に好きか嫌いかなんて判断できなくて返答に困る。一緒に遊ぶのがあたり前。好きだから遊ぶとか、嫌いだから避けるとかそういう次元ではなくて、子どもがいる=遊ぶという公式がおいらのなかで作られている。

同じ本を4回も5回も読まさせられるとさすがに疲れるけど、あとになって思えば別に大したことじゃない。子どもがもういいと言うまで読み聞かせしてあげればいい。親だとそこまでできないから、親じゃないおいらがしてあげればいい。そうやって両親の力だけじゃなくて、周りの人の力も使いながら子どもを育てていけばいい。昔はご近所さん全体で子どもの面倒を見ていたけど、いまはそういう環境がなくなりつつある。

ないならないで今の時代にあった子育てをしていけばいい。両親だけでできることには限界がある。むしろ両親が疲弊していくだけ。だから子どもはみんなで育てればいいと思う。その中心にいるのが家族なのは揺るぎない。大事なのは周りの人たちが子育てを他人ごとだと思わないこと。そういう姿勢が、世の中をほんの少しだけよくしていく。

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