高校球児の暑い夏…甲子園という大きすぎる夢とその役割

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友だちの甥っ子の所属している野球部が甲子園出場を決めた。まだ2年生でレギュラーではないのだけれども、ベンチ入りはしてて時々試合には出ているらしい。彼のことはわりと小さい時から知っているのでおいらも純粋に嬉しい。小学生のころから土日の休みもなく毎週のように試合や練習があって、家族ぐるみで野球選手に育ててる印象だったけど、けっして無理しているのではなく、親子で同じ目標を向いている姿がちょっぴり羨ましかった。高校は推薦で県外の高校に進学した。いわゆる野球留学ってやつだ。

野球留学に関しては賛否両論あると思う。力のある選手が甲子園に出やすい地方の高校に進学する。その結果、地元の選手が1人もいないような高校が甲子園に出場する。不公平ではないかという意見がある。でも、神奈川みたいに180校以上も参加する地区と30校未満な地方の高校がそもそも平等なんだろうか。この格差を解決せずに、野球留学がおかしいという議論はスジが通らない。別に知り合いがその対象だからといってフォローしたいわけではない。高校球児は純粋に甲子園に出たいのだ。そのための可能性を広げるために他県に行くというのは当然じゃないだろうか。

甲子園があまりにも大きくなりすぎている気がする。おいらの出身校にはなぜか野球部がなかったので、甲子園を目指すという姿はいまいちピンとこないものがある。グランドを占領していたのはサッカー部とアメフト部だ。その隙間をぬって陸上部が走っていた。大阪の箕面高校、いま話題の山本太郎さんが通っていた箕面自由学園の近くにある公立高校だ。箕面自由学園よりも自由な箕面高校は制服がない。制服がないのにほとんどの生徒が制服を着ていたという謎の学校でもある。

そういう高校でおいらは国立競技場を目指して毎日ボールを追いかけていた…というのはウソだ。おいらは高校からサッカーを始めたうえに運動神経が抜群に悪かった。その上身長も低い…高校でレギュラーになることすら考えていなかった。おいらが活躍する場は高校を卒業していからだと決めて、日々ボールを追いかけていたのだ。国立競技場なんて想像もしなかった。むしろ当時の強豪校である北陽高校の試合ばかり観に行っていた。箕面高校も決して弱い高校ではないけど北陽高校とは天と地ほどの開きがあった。

その北陽高校も全国に行くと1回戦や2回戦で敗退してくる。現実的に考えれば箕面高校が全国に出ることも考えられなかったし、ましてや選手権でベスト4になるなんて夢にすらならない。

そんな箕面高校にガンバ大阪のジュニアユース育ちの選手が後輩として入ってきた。きっと彼は全国大会への出場を夢見ていただろうし、国立競技場で試合するイメージもあり、ゆくゆくはプロになる気持ちがあったのだと思う。ただ彼は全国大会に出場することなく高校生活を終えた。その後どうしているのかは知らない。彼がなぜ箕面高校を選んだのかはわからないけど、彼がもし全国に近い高校を選んでいたらまた違う人生があっただろうし、実際に全国に名前を轟かせたかもしれない。

箕面高校を選んだ彼と、野球留学をして甲子園行きの切符を掴んだ高校球児を比較して、どっちがよいかなんて誰か判断できるだろうか。みんなもうそろそろ気づいていると思うけど、大事なのは結果ではない。いや「他人がすごいと評価する結果」ではない。自分自身が納得できたかどうかであり、全力を尽くせたかどうかということだ。そしてそこ一生付き合える仲間を見つけることができたかどうかが大切なのだ。プロ選手になれる才能を持ちながらプロになれなかった人が不幸だとなぜ言えようか。どんなに有名になろうとも、どんなにお金持ちになろうとも、そこにあるのが本当の意味での成功ではない。

本当の意味での教育というのはそういうことを教えることだ。難しい公式や、歴史年号を語呂合わせで覚えさせることが教育ではない。そういうことを教える過程で人生にとって大切なことを伝えるのが教育だ。高校野球も甲子園に出ることが目的であってはならない。甲子園を目指す過程で何かを学ばせることが本来の目的であるはずだ。高校生を育てるために甲子園がある。決して甲子園で優勝するために高校野球があるのではない。

さて、友だちの甥っ子は甲子園で何を学んでくるだろうか。次に会うのが楽しみだ。できることなら甲子園まで足を運んで自分の目でその姿を確認したい。きっと眩しいんだろうな。その眩しさに負けないようにおいらも輝かねば。

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