自分に正義があるなら相対している人にも正義がある

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わたしが小さかった頃、親というのは絶対的な存在でした。特に母親の言うことは絶対に逆らうことはできず、理不尽に感じることでも「ならぬことはならぬものです」でした。

当時は理不尽だと感じたことでも、逆らうことはできませんでした。そこで生きていくという選択肢しかわたしにはなかったためです。

大人になっていく過程で、わたしは逃げるということを覚えました。理不尽に感じることには近づかないこと。自分の中で絶対に譲れないものを守るためには、立ち向かうのではなく逃げるという道を選びます。

これまで会社を辞めてきたのも、結局は自分の中の譲れないものを守るためでしたし、仲が良かった人でも距離を置くようになるのもそのためです。基本的にお互いの考え方をぶつけ合うということはしません。

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周りを見るとあまり逃げるという選択をしている人はいません。理不尽なことに向かっていく人たちと、理不尽なことに飲み込まれていく人たちのいずれかです。

世の中としては飲み込まれていく人がマジョリティなのでしょうが、なぜかわたしの周りには、理不尽なことに立ち向かっていく人が多いように感じます。

理不尽なことに立ち向かっていく人と理不尽なことから逃げ出す人は、本質的には似ています。理不尽なことを受け入れることができないという点では共通してて、それにどうリアクションするかが違うだけです。

類は友を呼ぶと言いますが、要するに自分の周りには理不尽なことを「はい、わかりました」とは言えない人が多いのでしょう。ただ、なぜその多くが、立ち向かうことを選ぶのかはわたしにはわかりません。

 

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ここまで書くと、勘の良い人は何のことを言っているのかわかると思います。

ランナーたちのトレーニング施設のひとつである、織田フィールドが裸足での使用を遠慮(実質禁止)するようにというルールを作りました。裸足でこれまで使っていた人たちがかなり怒っているです。

わたしは基本的にトラックを使った練習を好まないので、織田フィールドに行ったこともないですし、これからも行くことはないでしょうから、そんなことがあるんだと思うくらいです。

裸足を嫌がる人って本当にいるのですね。シューズメーカーからすれば、裸足なんてとんでもないという話でしょうが、わたしの知っているメーカーの人は、なぜか裸足に理解のある人ばかりです。

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「なんでシューズ履いてるんですか?」「今日は裸足じゃないんですか?」と、わたしがシューズを履いているのを面白がってくれる人もいます。もっとも個人的な想いとメーカーとしての想いは違うのでしょうが。

横浜マラソンで「裸足を遠慮してください」となったときもそうでしたが、そういうときにわたしが取る選択肢は、そこから去っていくだけのことです。横浜マラソンは参加費がもったいなかったので走りましたが、あれから1度もエントリーしていませんし、取材にも行っていません。これからもおそらく行くことはないでしょう。

横浜マラソンの運営側の言い分もわかりますし、そもそもの発端がわたしだった可能性もかなり高いのですが、裸足がダメというならそこに関わらなければいい。これがわたしのスタンスです。

これは裸足だけではなく、あらゆることに言えることです。

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弱腰だし、男らしくないとは思うものの、前回のブログに書いたように、わたしには闘争心も執着心もありません。限られた時間の中で生きているわけですから、1秒でも多く笑顔で過ごすことしか考えていません。

何かに怒ってイライラしてもいいことなんてひとつもありません。

今回の件では、みんなは裸足がダメということに怒っているのではなく、理不尽に自由を奪われたことに怒っているのだとわたしは感じています。自由を守り、自由を勝ち取りたい。歴史を変えた革命家たちのように。

でも、自由って何なんでしょう。

自分で考えて、自分で行動できること?

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世の中なんて思い通りにならない事ばかりです。自分以外の人間がこの地球上に何十億人もいるわけですから、思い通りになることのほうが少ないわけです。その思い通りにならないこととどう向き合っていくのか。

わたしのように逃げ続けることがいいのか、それとも毅然としてぶつかっていくのがいいのか、そこに正解はありません。それは個々の生き方の問題ですから、わたしがとやかく言うことでもありません。

でも、ぶつかっていくという人は、自分が誰かにぶつかられるということも忘れてはいけません。

目の前にファイティングポーズを取っている人が立っていたら、自分もファイティングポーズを取ってしまいます。逆もまた然り。でも、目の前の人が握手を求めてきたなら、自然とこちらも手が前に出ます。

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中国に行くと嫌な思いばかりする人がいます。一方でわたしのように中国人に助けてもらってばかりという人もいます。きっと嫌な思いばかりする人は、警戒心がとても高く、ずっと身構えているのでしょう。

自分自身に正義があるなら、目の前で向き合っている人にも正義があります。

自分の正義を認めてもらいたいなら、相手の正義を認めることから始めなくてはいけません。理不尽なことに対して、自分の方が正しいと主張することは、相手にとっては理不尽なことを要求されているという構図になります。

こうなるとお互いが分かり合えるチャンスはゼロです。

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世の中の争いというもののほとんどが、お互いが正義を主張することが発端で始まります。争いをなくすには、理不尽なことに対して反射的にぶつかるのではなく、一歩下がることが必要です。

それがなかなかできないから、世の中から争いがなくないわけですが……。

言うまでもなく、織田フィールドの話だけでなく人生という大きな枠組みでの話です。

もっとも理不尽なことに対して向かっていく人がいるからこそ、いま自分は好きなように生きられているというのもひとつの事実です。そういう人たちがいなければ、日本はいまだに江戸時代だったかもしれません。

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そんな大きな話だけでなく、日常の中でもおかしいことをおかしいと言ってくれる人がいるから、ストレスを感じずに日々の暮らしを快適に過ごせているのかもしれません。わたしは我が身が可愛いので遠くから見ているだけ。

闘っている人からすると、わたしはきっと卑怯者なんでしょう。

そう言えばわたしは最初の会社で働いていたときに「会社の犬」と陰口を叩かれていたらしいです。あんなにも会社と闘っていたのに。

きっと今でも、裸足ランナーなのに、メーカーからランニングシューズの提供を受けて、レビューを書いたりしているわたしを、「メーカーの犬」と言っている人もいるのかもしれませんね。こんなにも裸足が好きなのに。

どっち付かずのコウモリなのは間違いありません。コウモリが悪いとはこれっぽっちも思いませんが。

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とこで裸足ランナーに限らず、なんでみんな織田フィールドで練習したいのでしょう?この地球はこんなにも広いのに、走れる場所なんてどこにでもあるのに、なぜ1周400mの反時計回りという不自由な場所で走りたいのでしょう?

裸足の人たちはせっかくシューズを捨てて、自由を手に入れたのに、なんで陸上トラックという不自由さの中で自分を鍛えようとするのでしょう?なんでタイムというものに縛られながら走りたいのでしょう?

そんなこと考えるわたしは、やっぱり競技者に向いていないのでしょうね。


これからの「正義」の話をしよう
著者:マイケル サンデル
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