追悼

追悼

喘息持ちの子どもだった。いまでは当たり前のようにフルマラソンを走れるようになっているが、小学校に通ってた頃は1年に1回は喘息で学校を休んでいた。喘息になるとこの世の終わりかと思うほど咳で苦しむ(少なくともわたしの場合は)。喘息で食欲がないとき「グレープフルーツ」を食べたいというわたしのわがままを聞いて、時期外れのグレープフルーツを買ってきてくれたのは祖母だった。

いや、実際には祖母だったのか母だったのかはわからないが、わたしの記憶では祖母が買ってきてくれたことになっている。厳しい母と仏様のようにやさしい祖母。母の実家に行くと母から叱られる回数が減り、祖母と祖父が優しくしてくれる(祖父はそっけないときが多かったが)。

中学校に入学するまでは、いかに母に叱られないかが1日の目標だった。いい子でいようとするのだが、小学生の自制力がそこまで高いわけもなく、歯磨きをしなかったり、電気を消さなかったりと小さなことで雷を落とされる日々(母の名誉のためというわけではないが、今となっては1ミリも恨んでもいないし感謝していることも書いておく)。

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母の実家に行ったときだけは、叱られる回数が明らかに減る。母のすることが多かったのと、祖母と祖父に守られていたのだろうと思っている。それはもう天国のような場所だった。ただし、そこには何もない。本屋はあるがスーパーは生協くらい。何もないから想像力を駆使して遊ぶ。

もっとも自分の家にだって遊び道具は何もない。ファミコンもないし漫画もない。そういうものは一切買ってもらえなかった。だから普段は外に出て野球をしたり、ゴルフのマネッコをしたり、釣りをしたり(これも感謝している。今の発想力の高さは、間違いなくこの当時に培われていたのだから)。

ただ母の実家に行くと友だちがいない。だからいろいろと工夫をする。時間だけはたくさんあるのだから。稲刈りをさせてもらったこともある。泥だらけになりながら手に鎌を持って稲を刈っていく。稲刈り経験があることがちょっとした自慢だった。子どもに鎌を持たせるなんて、今の世代だったら考えられないことだろう。

島根の山奥の村。おどろくことに30年前の記憶とほとんど何も変わっていない。コンビニとホームセンターがなければ、「この村は時間が止まっている」と言われても信じるだろう。だが、ここに戻ってくるのはそれほど久しぶりではない。祖父とのお別れが2017年3月のこと。

そして再び戻ってくることになった。祖母とのお別れをするために。

長くはないことはわかっていたし、前日に母からもう数日かもしれないという電話を受けていた。その翌朝に祖母が他界する。わかっていてもすぐには消化できない。その日は諸々のスケジュールが出るまで待機していたのだが、仕事が手につくわけもなく、部屋の片付けをして、それでも居ても立っても居られないので、つい出かけてしまった。

そのタイミングで翌朝に火葬されるという連絡を受ける。家で待機していればすぐに新幹線に乗ってその日のうちに迎えるのに、戻って身支度をして出発。その日は広島に1泊し、なんとか早朝のバスに乗り込み火葬前に滑り込む。今後同じようなことがありそうな人のために書いておこう。こういう日は準備をしてじっと待つことだ。

運良く間に合ったからいいものの、間に合わなかったら後悔しかない。

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自分の中ではすべて上手くやっているつもりだったのだが、新聞を読もうとしたときに文章がひとつも頭に入ってこなくて、あぁ普通ではないんだと気づいた。それが血の繋がりのある人とお別れをするということ。通夜とお葬式を終えたときにひどい頭痛になったのだが、柿の木がある庭に出て大きく深呼吸をしたら頭痛が治まった。

子どもの頃はずっとこの木の周りで遊んでいたのを思い出す。祖母や祖父と同じように、わたしたちをずっと見守ってくれていた木。今年は久しぶりに甘い実になったのだとか。火葬のあとにその柿をいただいたのだが、甘みの中に渋さがあった。

きっと祖母の笑顔の裏にも渋い部分もあったのだろう。ただ、そういう部分をわたしには一切見せることがなく、いつもニコニコして褒めてくれた。その声が今になってはっきりと蘇ってくる。通夜でも葬儀でもなく、帰りの新幹線に乗りこうやって思い出を探りながらブログを書いている頃になってようやく。

祖父も祖母も去り、もう母の実家に行くことはないのかもしれないからと、写真を何枚も撮ってきたのだが、これが終わりではないような感覚もある。故郷のないわたしにとっては、そこは数少ない過去の自分に出会える場所であり、大切な人が眠る場所。きっと縁という名の糸が編まれ、また訪れることになるだろう。

そのときに恥じることのない自分でいるために、今日からまた1日を積み重ねる。できるだけ祖母のように笑顔を絶やさぬよう。

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