論理的思考を積み重ねることで未来が見えやすくなる

論理的思考を積み重ねることで未来が見えやすくなる
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数日前、乃木坂46のメンバーが桃鉄で遊ぶというYou Tube配信を見たのですが、10分もしないうちに見るのを諦めてしまいました。ゲーム配信を見慣れてないからかもしれませんが、論理的ではない駒の動かし方にイライラしてしまって、これは誰も得しないと思ってそっとタブレットを閉じました。

同時に、論理的ではない駒の動かし方をなんとなく懐かしさを感じました。友だちの子どもとオセロやすごろくをすると、思いつきで手を打つので「なぜそれを選んだ?」というような選択になるのですが、それが許されるのは子どもだからで、20歳を超えた大人がやることではありません。

ゲームごときであれこれ言うべきではないのですが、論理的思考ができない人は人生のさまざまな部分で損しています。行動に無駄が多くなってしまいますし、周りに対して遅れをとります。それを上回る才能があれば話は変わりますが、大抵の人は私と同じように凡人。

ではなぜ論理的な思考ができないか。それはとても簡単なことで、訓練をしてこなかったからです。訓練といっても難しいことではなく、学校で数学や物理といった理系の勉強をしっかりとすることだけ。学生時代に徹底してそれらの教科と向き合うことで、論理的思考が身につきます。

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論理的に考えられる人が少ないのは、学生時代に理系の勉強をがんばった人が少ないから。

「三角関数とか社会に出たら役に立たないから、勉強しても意味ない」なんて言う人がいます。社会に出て役に立つかどうかを考えれば、三角関数も◯◯の法則も学ぶ必要なんてありません。ただそれをきちんと学ばなかった結果が、論理的思考の欠如に繋がっています。

何度も何度も計算を解くということを繰り返していると、問題が起きたときに瞬間的に答えが見えるようになります。論理的に考えられない人にしてみれば嘘みたいに思えるかもしれませんが、世の中には1を聞いて10を知る人が本当にいます。私はそこまでの領域には到達していませんが、2〜3を知れば10が見えてきます。

もちろん百発百中というわけではありません。でも、大抵のことは全貌が明らかになる前にわかります。

時々「良くないな」と感じるのは、誰かが説明してる途中で「もうわかりました」というような態度をとってしまうこと。その先が見えているから、つい先走って会話を遮るようなことをしてしまうことがありますが、相手にしてみれば決して気持ちのいいことではないはずです。

先が分かっていても、ちゃんと最後まで説明を聞く。それくらいの心の余裕が欲しいところですが、理系脳になるとどことなくせっかちになりがち。勉強ばかりするのは、必ずしもいいことではありません。まず人と人との関係があってこその知識ですから。

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若い頃の私は(いや、意外と最近まで)、先に答えが見えることをひけらかすようなところもあり、思い出すと顔が赤くなりそうなのですが、最近になってようやく人の話をじっくりと聞けるようになってきました。まだまだ自分を前に出したくなる時もありますが、以前ほどではありません。

それが年齢によるものなのか、人生観の変化によるものなのかはわかりませんが、答えが見えていても他の人のやり方を黙って後ろから見ている。それが最善の結果にならなくても、別に命を取られるわけでもないからいいかななんて考えたり。もっとも自分だけで行動するときは、相変わらず論理的思考ですが。

無駄は嫌いですし、何事もできるだけシンプルにやりたい。限られた時間しか生きられないなら、その密度を濃くするために必要ないものは削ぎ落としたい。そのためには遠回りしないための論理的思考が必要になります。ただ、それを周りに求めるのも、提供するのも違うかなと。

望まれたらいくらでも手を貸しますが、望まれてもないところで、自慢気に語ったり手助けするのはみっともないこと。あと20年早くそれを理解していれば、なんて思わなくもないのですが、46年生きてきた積み重ねがあっての今です。ifを語るのも論理的には無駄なこと。少しでも未来を良くするために頭を使うとしましょう。

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