孟子曰く「馬鹿につける薬はない」

  • 2015.03.26
  • (更新日:2019.11.13)
  • LIFE
孟子曰く「馬鹿につける薬はない」

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まぁ愚痴のような話である。なぜ人は年齢が上だとか、役職が上だとかそういう理由だけで偉いと思ってしまうのだろうか。どれだけ歳を重ねようが人として尊敬できないような生き方をしている人もいれば、10代ですでに多くの経験を積み、それでいて学びたいと思えるものを持っている人もいるわけだ。

だから、人間というのはいつだって誰といようとフラットであるべきだ。若者に対して偉そうにすることなく、役職者に対してへつらうようなこともしない。わたしが社会人になって気をつけていることのひとつに相手を役職名で呼ばないことと、敬語を使わないということだ。ある意味社会不適合者の見本のようでもある。

役職名で呼ぶ意味がわからない。「社長」とか「◯◯部長」とか呼ぶ理由は何なのだろう。そう呼ばないと失礼と言われているが、むしろ役職名をつけるほうが失礼だろう。誰に対しても「◯◯さん」「◯◯くん」と呼びあうほうが相手との距離が縮まるように思うのはわたしだけだろうか。

敬語は使わないが、丁寧な言葉づかいはする。敬語はまどろっこしいし、責任の所在があやふやになる。「〜させていただく」何だその日本語は。相手にそういう言葉遣いをされると間違いなく距離ができる。仕事は自分の責任で自分がするものだ。させていただくようなものは仕事ではない。

役職や階級というのは大切だ。誰の指揮のもと、どこに向かうのか、その責任は誰がとるのか。それを明確にするのが役職というものだ。会社は軍隊のようなものだ。指揮命令系統がしっかりしていなければ機能しない。ただ、それと立場的に偉い人が偉そうにしてもいいということはつながらない。

わたしのように無学なものでも先人を敬う気持ちは持っている。体育会系で育ってきたから上下関係を完全に否定するつもりもない。でも、それらが機能するのは「自分は年上だから偉い」というとんでもない勘違いをする人間がいないことが大前提にある。数年、数十年先に生まれたから偉いなんて理屈はどうやっても通らない。

社長だから偉い、部長だから偉いなんてことはあるはずもない。そうやって会社内で増長している人は社会においても偉そうな態度をとる。裸の王様になっていることに気づかず、自分だけが正しいかのような言動をとる。別に好きにすればいい。その人たちにこれからどんな人生が待っていても知ったことではない。

わたしの恩師が教えてくれた。「誰かを傷つけるようなことをした人に対して、自ら手を下さなくても天が罰してくれる」と。神も仏も信じていないが、これは真実だろう。むやみに偉そうにする人についていこうとする人、支えようとする人などいない。裸の王様は最後に裸であることがバレてしまい、惨めな思いをすることになるだけだ。

偉そうにすればするほど、底の浅さが露呈されていることに気づいたほうがいい。言うまでもなく私も含めてだが。ただ、そもそも偉そうにする人がこの文章を読んでも書いてあることの意味を理解できないだろう。自分自身のことだとも思わないだろう。「馬鹿につける薬はない」そういえば孟子もそう言っていた。

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