若さや美しさを追い求めることに疑問を感じない人たちへの言葉

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わたしはこれまで何度も「美しいものが好き」だと言い続けてきた。だいたいわかっているとは思うのだが、美しいものが好きでもわたしにとっての美しさは、おそらく世の中一般的な美しさとはズレている。着飾ったきれいな女優さんのような美人よりも、汗を流してゴールを目指すランナーのほうに美しさを感じる。

もちろん、女優さんが美しくないと言っているのではなく、外面的な美しさには興味がなく、その人そのものから溢れだすものに美しさを感じるということだ。だからむやみに美白だの若返りだの煽るマスコミも、踊らされている人たちもちょっと距離を感じるし、そんなところに時間とお金をかけてどうするのだろうと思うのだ。

まず間違いなく、世の中の多くの男性は外見的な美しさを持つ女性に興味をもつのだろうから、わたしの言っていることは少数派の意見でしかないし、別にわたしに好かれようなどという人もそうそういるものではないから、基本的には読み流してもらってかまわない。

歳をとることがそんなに悪いことなのだろうか。

テレビ番組で大学生がコメントをしているのを見た。彼らには若さの象徴のような輝きがあるのだが、発せられるその言葉は本当に軽かった。別にそのことを悪いとは言わない。彼らにはまだ深みや重みのある言葉を発するだけの経験がない。コメンテーターとして出ていた芸人さんが、彼らの言葉に熱がないと言っていたが、まさにそうなのだろう。

繰り返すが、それを悪いことだとは思わない。彼らはこれから多くのことを学び、そして自分自身の言葉を獲得していくのだろう。その可能性を羨ましいとすら感じる。ただ、すでに多くの経験を積んだわたしと同年代、それ以上の年代の人たちと比べると段違いに魅力が足りない。

肌のハリなんていうのは一時的なものだ。深みのあるシワのほうがよっぽど魅力的だろう。歳を重ねることを恐れてはいけないし、もっと楽しみにすべきではないだろうか。表面的な美しさを追い求める競争から降りる人がいたっていいんじゃないかと思う。美しさの基準を他者に委ねるのではなく自分自身の中に持つべきではないだろうか。

これは女性だけの問題ではない。男性も同じく、美しさやかっこよさというものをファッション雑誌などに追い求めている場合じゃない。そんなものは日々を一生懸命生きていればあとから必ずついてくる。夢や目標を持って1秒も無駄にすることなく生きようとする人から美しさがにじみ出ないわけがない。

「だから、みんな外見的な美しさを手放してほしい」なんてことは言わない。心の片隅に「外見的な美しさを求めるこの努力はなんのためだろう」という疑問を持ってもらえればそれでいい。好きな人に振り向いてもらいたいため?ならば本当に磨くべきところはもっと別にあるだろう。眉毛を整える前に心を整えた方がいい。

あくまでもわたし基準の理屈だが。

ちなみにわたしがこの世で最も美しいと思っているもの。それは上に載せてあるLeonardo da Vinciの「ほつれ髪の女」だ。わかっているとは思うが、この絵の女性が美しいのではなく、この絵からにじみ出てくるものが美しいのだということだけ付け加えておこう。

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