東海道という引力と東海道ウルトラマラニックという扉

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昨年、最終日だけ参加した東海道57次ウルトラマラニックですが、今年の初日サポートメンバーの1人として大阪へと戻ってきました。

人のつながり、人の縁というものは本当に不思議なもので、特にこの「東海道」という大きなキーワードが多くの人を動かしているように感じています。

わたしが東海道を走ったのは1年ちょっと前の年末年始、プロレスラーでクレイジーランナーの三州さんの「東海道行きましょうよ」の軽い一言から。

それまで2年連続でお伊勢参りランに失敗しているとはいえ、すでに日本橋から名古屋の熱田神宮まで走っていた東海道。

そして三州さんや並走してくれた人たちと走りながら考えた、東西対抗東海道53次ウルトラマラソンの構想。そして実際に集まってくれた3人の勇気あるランナー。

日本で初めて駅伝が行われたのが99年前。

コースは奇しくも東海道、京都から東京まで。

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すべては駅伝誕生100年という大きな引力に引っ張られていたのではないだろうか。

この引力に引っ張られたのは東海道57次ウルトラマラニックも同じかもしれません。駅伝誕生100年を狙って始まったわけではないにしても、これはもう偶然ではなく必然。

東海道57次ウルトラマラニックの実行委員メンバーと東海道に関係なくつながっていたというのも必然。

ならばわたしが東海道57次ウルトラマラニックをサポートすることは自然の成り行きでしょう。

ただこれだけの大規模なイベントのいちスタッフとして活動するのは初めてのことです。

自分に何ができるのか、もし東海道57次ウルトラマラニックへの合流が必然なら、東海道という歴史がわたしに何を求めているのか、そしてわたしはそれに応えられるだけの技量があるのか。

難しいことを考えても前には進めないので、とにかく全力でサポートを楽しんでみようと思います。

その中から学ぶこと感じることが必ずあるはずです。

ここに東海道という引力に引っ張られて、わたしの想像以上の人たちが動かされているように感じています。

新しい出会いもあるでしょうし、自分の未来への新しい扉になることだけは確信しています。

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それは昨年の東海道57次ウルトラマラニック最終日に参加したときから、いや2度失敗したお伊勢参りラン、もしくはわたしが初めてランニングシューズを買ったときから決まっていたこと。

未来は自分で切り開くものだけど、目に見えない大きな引力によって導かれているものだとすれば、ここが大きなターニングポイントになるのでしょう。

これまでの経験をフルに活かし、そして新しい経験を積み重ねるために、東海道57次ウルトラマラニック初日のサポートを今日スタートさせます。

この扉の先に何が待っているのか。

久しぶりにワクワクが止まりません。

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