湘南工科大学・井上研究室時代を振り返る師走の電話

  • 2016.12.24
  • (更新日:2019.11.13)
  • LIFE
湘南工科大学・井上研究室時代を振り返る師走の電話

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わたしは湘南工科大学の卒業生で、当時の機械工学科から大学院まで進みましたので、6年間を湘南という地で過ごしています。海までもとても近く、サボろうと思えばいくらでもサボれるのですが大学4年間は無遅刻無欠席でした。

6年間のうち3年間を井上研究室で、井上慶之助先生という名物教授の元で育ちました。

今のわたしの物事の考え方の基礎を作った3年間です。「かくありたしの望むときに、どうあるべきか」何かを積み重ねた結果がいまとなるのではなく、こうありたいと願うならいま何をすべきかを考える。

あるべき姿を決めれば必然的にいますべきことが見えてきます。

そんなことを思い出したのは、今朝10年以上ぶりに井上慶之助先生と電話で話をしたからです。先生が年賀状の整理をしていたところ、わたしの昨年の年賀状で会社を辞めたのが気になって電話をくれたとのこと。

相変わらずのエネルギッシュさで、とても年齢を感じさせない声はわたしにとって、原点でありひとつの目標でもあります。

ほんとうの意味でわたしの人生における師は井上慶之助先生だけですし、そんな先生と不義理にも長い時間話すこともなかったの、先生が気にかけてくれるわけです。

そしていまやっていることをそのまま行けばいいと背中を推してくれます。

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湘南工科大学はわたしが入学したときも偏差値がそれほど高い大学ではありませんでした。そんな湘南工科大学のいまの偏差値は39という、Fランクにすら入らないような状態になっています。

わたしが入学した当時は偏差値は高くないものの、希望者の就職率が100%というちょっと変わった大学でもありました。いまは特に目的もなくただ青春時代を過ごすためだけの大学です。

別にそのことを嘆くつもりもありませんし、わたしは湘南工科大学に通ったことを誇りに思っています。そこで出会えた仲間たちはわたしの人生に大きな影響を与えてくれています。湘南工科大学に通ってなければいまのわたしはありません。

真面目に勉強しているのはわたしくらいだったかもしれませんが、勉強ができることなんて、人生を楽しく生きるためにはそれほど重要ではなく、場合によっては足を引っ張ることになるということを教えてくれたのも仲間たちです。

隠していたわけではありませんが、わたしは湘南工科大学に特待生として入学しています。4年間の学費は0円です。ただし、毎年上位何%かに入っていなければ、翌年は授業料を払わなくてはいけなかったので、必死で勉強していました。

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自慢ついでに自慢しますが、大学時代の成績はAが63個、Bが5個、Cが1個で卒業に必要な単位数は130だったと思うのですが、取得単位数は165です。一応主席で卒業していますが、成績上位のために必要以上に単位取得した結果、おそらく湘南工科大学歴代トップだと思います。

ただし、ひとつひとつのテストでトップの成績を出したことはほとんどありません。Aを取るには80点以上あればいいので、100点を狙いに行くのではなく85点くらいでいいかなという感じでしたので、試験ではわたしよりもいい成績の人はいくらでもいました。

それでも高校時代のわたしを知っている人が見たら、まさに別人のように見えたと思います。高校時代は勉強をしなさすぎて学年で下位数名の常連でしたし、そもそも入れる大学なんてないと断言されていました。

それでも何かの間違いかで湘南工科大学の特待生入試だけ自分の力の200%以上を発揮して、特待生での合格でしています。いまでもこれは人生における必然というか、自分に導かれた道だったと考えています。

実力的には最下位に近い(模試では1度だけ、しかも1教科だけC判定が出た以外全部D判定)のにトップで入学するというミラクルが起こったわけですから、そこからは必死のパッチです。大学時代4年になるまでに遊んだ記憶なんてほとんどありません。

わたしの上京と親の転勤が重なった結果、大学へは実家通いでしたが、自立したい気持ちがありましたので週3回のコンビニでのアルバイトでそのうち1〜2回は夜勤です。

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それに合わせて、わたしはサッカー選手として食べていくという根拠のない目標がありましたので、勉強をしているかバイトをしているかサッカーをしているかのどれかです。

学生でありながら遊ぶ時間なんてまったくありません。

大学の試験期間も自主練と勉強とバイトがあるので、試験が終わったらいつも高熱を出して寝込んでいました。4年は取るべき授業もなかったので、勉強は井上研究室での研究だけです。4年のときにいろいろあってサッカー部も退部しましたので、4年生になってようやく遊ぶ時間を確保できるようになりました。

研究室はまったくの自由で、卒論は1ヶ月くらいで作成しています。

じゃあ1年間何をしていたかというと、研究室のパソコンいじりやFEというアメリカの技術士補の試験のための勉強をしたり。ただし井上研究室で求められる能力は非常に高かったのも事実です。

やらない人に対しては井上先生は何も言いません。ただ、やる気を見せている人にはものすごく目にかけてくれています。大学院に進むことを勧めてくれたのも井上先生です。

そこで学んだことは、物事の原理原則を掴む習慣でした。井上先生との日常の会話がまさに学びの場です。物事のどこに着目すべきか、どう考えるべきかのすべてをそこで学びました。

同期には「お前は聞き流しすぎ」と言われましたが、もう耳にタコができるくらい繰り返し、同じことを先生は語ります。でもその繰り返しがわたしの物事の考え方、向き合い方の基礎になっていることは間違いありません。

仕事などでトラブルが発生したときは、トラブルの本質を考えて、かくありたしという姿を描き、そのための解決の一手を打つ。これは仕事だけでなくありとあらゆることに通じます。

マラソン大会に取材に行ったときに、その大会の本質を感じて記事を書きます。わたしは取材といっても参加者の声などは拾いません。言葉にした途端に本質が見えなくなるからです。

ただそのスタイルはわたし独自のもので、他の人とはちょっと違う視点で記事を書くことができます。

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井上先生に出会う前は先生に出会うために導かれ、井上先生から学んだあとのわたしの言動の原点は湘南工科大学井上研究室で学んだことにあります。

わたしは明らかに運命に導かれるようにここにたどり着いていたのだなと、井上先生の声を電話で聞きながらそんな過去を思い出していました。

そしてきっとそのつながりがこれからも続いていくのでしょう。わたしは必然的にどこかに導かれている。その導きからはぐれないようにに毎日を全力で生きる。手を抜かないこと、まっすぐ前を向くこと。

サンタさんが来るのは今夜のはずですが、ちょっと早いクリスマスプレゼントをいただきました。

今年もあと少しですが、1日も1秒も無駄にすることなく学生時代のように駆け抜けます。その先の景色はたどり着いてみなければわかりません。ただきっとワクワクする未来がそこにあるはずです。


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著者:永松 茂久
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