アクティブに動きたいからゆっくりの時間を大切にする

PB222765

わたしの暮らすアパートの部屋には洗濯機もテレビも電子レンジもない。ちょっとした自慢である。いまどきはテレビがないというのはそれほど珍しくないので驚かれないが、洗濯機も電子レンジもないと言うと驚きを通り越してちょっと引かれてしまう。どれもモノを手放す暮らしをする前に手放したものばかりで、なくてもまったく不便ではない。

もしわたしがビジネス界の売れっ子で1分1秒も無駄にできないのであれば、洗濯機も電子レンジも必要かもしれない。どちらも時間短縮のためにすばらしい発明品なのは理解している。洗濯も手洗いだと時間がかかるし、ぬるま湯で洗おうと思うとガス代もかかる。電子レンジがないから温めは蒸し器を使うことになる。効率は非常に悪い。

ただ、どちらもない生活に慣れてしまうとまったく不便はない。電子レンジは手放して少しの間はコンビニやスーパーで電子レンジが必要なものを買いそうになっていたが、慣れてしまえばそういうものが視界に入ってこなくなる。手洗いもほんの少しも面倒ではない。2泊3日の旅行で洗濯できなくて帰ってきたときはさすがに凹むが、そういうのは1年に数回だ。

こう見えてわたしは仕事ではスピードを再優先させるタイプだ。とにかく誰よりも速くいいものを作る。シンプルで理解しやすい図面を誰よりも速く描くことを心がけている。あまり残業をしない分、定時時間内に誰よりも多くの仕事をする。そのためにスピードを追求して仕事をしている。仕事以外の時間でスピードを求めないのはもしかしたらその反動かもしれない。

正直、もう少しすべてにおいてゆっくり生きたいと思うことがある。休日は温かいお茶でも飲みながら、1日中好きな作家さんの本を読む。そういうことをしたいと思う。実はわたしはインドア派なのだ。ガンプラを組み立てるのも好きだし。インドアをこよなく愛するから、アウトドアの時間を持っているとも言える。

結局のところ、世の中はうまくバランスがとれているのだろう。仏教においては喜びが大きいことは良いことではないらしい。理想は心の波が上にも下にも立たないこと。喜びと悲しみは最終的にプラスマイナスゼロに落ち着く。喜びが大きいときには反動として大きな悲しみを背負うことになる。人前でとても明るい人は実はとても寂しがり屋さんだったりする。

人には必ず二面性があるとも言える。大事なのは陰と陽を理解してうまくコントロールすることにある。行き過ぎたと思ったら自らそのバランスをとるのだ。働き過ぎたと思うなら、しっかり休養を取るべきだし、食べ過ぎたり飲み過ぎたら、胃を休ませるためにも翌日は胃に優しい物を少量にする。たくさん笑ったあとは少しぐらい泣いたっていい。

いまのわたしはとにかくアクティブに動かざるをえない環境に身をおいている。だからこそ、日常の生活は可能なかぎりのんびりなテンポでいようと思う。その暮らしのベースになるのがやはりモノが少ない環境。便利さに溺れない気持ちを忘れないようにしたい。豊かさは便利や快適の先にあるわけではないのだから。

スポンサーリンク