手放す暮らしを始めて半年が経過し見えてきたこと

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ネットで「持たない暮らし」で検索をかけると、驚くほど荷物の少ない人たちを見つけることができる。持ち物が200個以下みたいな人もいるし、もはや住む場所すらない人もいる。ネットでブログを書いている人限定でもそれだけ出てくるのだから、日本全国で考えると、かなり多くの人が持たない暮らしを目指しているのがわかる。

わたしも1日1個手放す生活を始めて半年が経過した。180を超える数のモノを手放したのだがどう見ても、ネットで持たない暮らしをしている人たちの足元にも及ばない。もし、いま引っ越しをするとして、愛車のチェロキーで2往復で済むぐらいには減っているが、まず目指すのは1往復で済むレベルだ。

もっと言えば、リュック一つで世界中を旅したい。世界中を走り回りたい。そうなるといま持っているものほとんどは持っていけない。ガンプラのようにいつでも手放せるものはいい。難しいのは思い出がつまったモノたちだ。ここまでモノが減ってくるとどうでもいいものはほとんど手元からなくなり、手放せないものはだいたい決まってくる。

日常で使用するモノと手放すには惜しいモノ、そして墓場まで持ってきたいモノ。手放すには惜しいモノはこれはもう勢いで手放すしかない。わたしの場合はキャンプ道具なんかがこれにあたる。4人用のテントなどもう使うことはほとんどないのだ。もう数年使っていない。BBQ道具なんてレンタルすれば済む。

墓場まで持っていくモノはいまのところ一箱にまとめてある。大切な手紙だったり、思い出の品が入っているのだが、この一箱を超えなければよいことにしている。本当はそういうものすら持たないようになりたいのだが、いまはそこまでは割り切れない。同じようなものに卒業アルバムや写真がある。どちらも本当は必要ない。

思い出は記憶の中にあればいいのだ。そこまでは頭ではわかっている。そこを断ち切れたとき、わたしは本当の意味で自由を手にするのだろう。だいぶモノが減ってきたとはいえ、いまの状態は常識の範囲からそれほど外れていない。気を抜くとすぐにモノに支配されそうになる。まだまだ先は長い。

日常で使用するモノも、随時見直しが必要だろう。調理器具は明らかに多すぎるし、ガジェット類もありすぎる。デジカメが3台あるしGoProもある。iPadにiPad mini、iPod touchにガラケーに…収集がつかなくなっている。それでも使っていないものはほとんどない。あるから使うのか、ひとつにまとめられないかという試行錯誤はこれから必要になってくる。

暮らしはどんどんシンプルになってくる。ここにきてようやく物欲も収まりつつある。入れ替わり以外でモノを増やさないようにできるようになってきた。この暮らしはかなり心地いい。心地よすぎてここで満足してしまいそうだが、ここまはだ途中経過なのだと自分に言い聞かせる。

本物の「持たない暮らし」ができるようになれるかどうか、これからの半年で決まってくる。それぐらいの気持ちで残りの半年を過ごしてみよう。いますぐ旅立てるぐらい身軽になろう。本物の自由を手にするために。

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