なぜ万全の準備を行って東京マラソンのスタートラインに立たないのか

東京マラソン15キロ地点、浅草の雷門を過ぎたあたり。スタートの号砲から2時間30分が経過して、完走サポートランナーが後ろから迫っている状況を見ながら考えたこと。

この人たちは、十分な準備をして10年に1回やってくるかこないかのチャンスを、なぜ台無しにしてしまったのだろう。

それが率直な感想でした。

「走りたくても走れない人がいる」とか「きちんと練習しないならエントリーしなければいい」なんてことは言いません。でも、忙しかったり、ケガを抱えていたりして、本当に準備が出来ない人はほんのひと握りなはずです。

当選してから1日30分毎日走るだけでいいのに。走れなくても、ちょっとした隙間時間でスクワットするだけでも15キロ地点は涼しい顔をして通過できるのにそれが出来ない。

20kmも走らずにリタイアした人だけではありません。東京マラソンだけに限った話でもありません。マラソン大会への出場が決まっているのに、わたしたちはなぜ必要なだけのトレーニングを詰めないのでしょう。

人間というのは怠けてしまう生き物なのか、それとも努力を積み重ねることを不得意とする生き物なのか。

この地球上で自発的に努力をする生き物なんて、人間だけかもしれません。自然界では力のないものは勝手に淘汰されていきます。走れないガゼルはライオンの標的となり、捕獲のできないライオンは飢えて死ぬしかありません。

どんな動物も努力をしません。彼らが駆けるのは生きていくための必須条件だからであって、自己ベストを更新するためでもなければ、自分の壁を超えていくためでもありません。

ガゼルもライオンもインターバル練習もしなければ、ペース走もしません。自らを鍛えるという行為は人間だからできることですが、それは人間の本質としては不要なものなのかもしれません。

とはいえマラソンくらいなら、基本的には練習させすれば誰でも完走できます。わたしも走り出す前は、フルマラソンなんて特別な人がやるものだと思っていましたが、いざやってみると42.195キロを走り切るのに飛び抜けた才能はいらないことを知りました。

なのにほとんど練習をすることなく、スタートラインに立つ人がいます。それぞれに事情はあるかもしれませんが、そういう人たちは、スタートラインに立つまでか本当の意味でのマラソンだということを、理解できていないのかもしれません。

マラソンは準備のスポーツです。スタートラインに立ったときには、すでにレースの結果は決まっています。レース中の努力や頑張りで変えられる部分なんて、ほんの数%しかありません。その部分を否定はしませんが、それも全て最低限の準備というベースがあってのことです。

スタートラインに立つまでに、どれだけ走りこんできたか、どれだけ自分と向き合ってきたか。

別に自分に甘くてもいいですし、ストイックに自分を追い込む必要なんてありません。でも、マラソンを走るなら、レースに出るのであれば、それなりの準備をしたほうがいいのは間違いありません。

たかがマラソンですが、されどマラソンです。

マラソンくらいのことときちんと向き合えない人が、仕事や人間関係ときちんと向き合えるのか。スタートラインに立つための準備をしない人に、いい仕事ができるのか。まれにそういう人もいるかもしれませんが、かなりの少数派でしょう。

少なくとも東京マラソンは、自分が決めて応募したはずです(一部の人を除いて)。自分でやると決めたことに対して、最後までやり抜けない。友だちならそういう人がいてもわたしは構いませんが、ビジネスではできるだけそういう人とは組みたくありません。

マラソンはその人の生き方が現れるスポーツでもあります。努力するのもしないのも自由ですが、「時間がない」「寒くて無理」なんて口にせず、小さな1歩を積み重ねてスタートラインに立ってみてください。それが出来たとき、日々の生活の中で、これまでとは違う自分に気づくかもしれません。

1日30分の努力。

それをするかしないか。大事なのは才能ではありません。自分自身とまっすぐに向き合う勇気があるかどうかというだけのことです。

こういう話をすると毎回出てくるのが「あなたは強いからそれができる」という言葉です。このブログでも、何度もそのことについて触れてきました。「自分は弱いからできない」便利な言葉です。

でもなんで自分で自分を弱いと決めつけるのでしょう。強くあればいいではないですか。ここ一番で踏ん張ってみればいいではないですか。涙を流しながら、歯を食いしばりながら生きてみたらいいじゃないですか。

なぜそれを「自分は弱いから」という言葉で片付けるのでしょう。辛いのも苦しいのも嫌、でも注目されたいし、面白おかしく生きたい。そんな都合のいい話はどこにもありません。

きらびやかに見える芸能界で生きている人だって、水面下では想像を絶する努力を積み重ねています。

百歩譲って弱くてもかまいません。でも弱さを免罪符にするのはもうやめませんか?弱いから頑張ればいい。弱いから努力を積み重ねればいい。弱さは走らない理由ではなく、走るための理由になるはずです。


天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある。 (扶桑社新書)
著者:山口 真由
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