五街道制覇プロジェクト最終章「中山道69次ラン」6日目

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中山道ラン6日目。

とうとう予定通りに進まない日がやってきました。実際に予定通りにいかなかったのは7日目のスタートということになります。問題はわたしの中山道ランに合わせるかのようにやってきた台風。

その台風に刺激されて、大気が不安定な状態になってしまいました。

この日のうちに追分宿まで進み、その日の夕方に碓氷峠を通過するというのがわたしの作戦でした。ただすでに6日目の途中からその作成が不成立になりそうな嫌な予感がありました。

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8月5日
16時0分 下諏訪宿・遊泉ハウス児湯 

2階の休憩所を利用しているのはわたしだけ。3時間近くしっかりと畳の上で眠ることができました。こういうときに布団のない生活をしているアドバンテージが出ます。

折りたたみ式の畳の上が普段のわたしの寝床。夢を追い求めて生きている人間にふかふかのベッドは似合いません。毎日倒れるまで働いて、くたくたになって眠りにつく。

その寝落ちする瞬間にわたしは生きているということを実感します。

それはともかく、ここでもしっかり体力を回復させて少し早いですが、遊泉ハウス児湯を出発しました。

腹は減っては峠越えは出来ぬということで早めの夕飯にしようと思いましたが、さすがの下諏訪でもこの時間に開いているお店はありません。仕方なく得意のセブンイレブンコンビニ弁当。

峠越えのための食料も調達して準備万端で和田峠へ向かって歩き始めましました。

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下諏訪からゆるやかな坂道が続いていますが、着実に標高が上がっていきます。民家も徐々に減っていき、太陽が傾き始めたところで、山裾の斜面に鹿を見つけました。

野生動物の中でも鹿は比較的安全な動物です。近所の山でもときどき遭遇しますが、不注意で数十センチくらいの距離ですれ違ったことがありましたが、こちらから危害を加えなければあちらも無視してくれます。

ところが信州の鹿は気性が荒いのか、しきりにテリトリーから出て行けと鳴き声を上げます。和田峠に入るまでに3回くらい鹿に遭遇したでしょうか。

鳥居峠を超えたところから熊がいそうな雰囲気はなくなりましたが、まだ気を抜くわけにはいかなさそうです。鹿がいるなら猪も熊もいるわけです。

和田峠は旧中山道になる山道もありますが、峠の入口に近づいたときにはすでに暗さがあり、鹿が警戒した鳴き声を近くでしてくるのでここでも山道は断念します。

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道は歩道のない車道ですが、この道とは別にバイパスが通っているので、ほとんどの車がそちらを通過するため、こちらで車とすれ違うことがないのが唯一の救いです。

ただ、道は真っ暗で手元にあるライトだけが頼りです。

とはいえ上りの区間はそれほど長くはありません。最後はトンネルを通過できたのであまり苦しむことなく下りに入ります。旅ランで大変なのは下りです。しかも夜中の下りは安全地帯が見つかるまでノンストップでいかなくてはいけません。

トンネルの出口で休憩を入れようかと思ったのですが、そこでも鹿がしきりに声を出して追い立ててきます。

仕方なくここから怒涛の下りが始まります。峠を超えたことでやや獣の気配が大きくなってきたので、iPhoneで大音量の音楽を流しながら坂を下っていきました。

なんとかバイパスとの合流点まで走り抜き、そこで大の字になって休憩。目の前にはやはり満天の星空がありましたが、視界をやや下にすると遠くの空が何度も光ります。

音はしませんでしたがおそらく雷だったのでしょう。わたしがこれから進むであろう進行方向での雷。どうやら晴天が続くのはこの日までかもしれない。そんな予感がし始めました。

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22時29分 和田宿(341.4km)

山道でショートカットできなかったため、本来は22km程度の距離がなんと26kmオーバー。かなりの時間をかけて和田宿に到着しました。

和田宿は思っていたよりも小さな村という感じで、峠を越えた場所にある宿場町としてはちょっと残念なかんじもありましたが、ここも昼間に通過すればまた見えてくるものが違ったかもしれません。

峠を越えた安心感と疲労感。和田宿で少し仮眠をして、足の力を取り戻してから再スタートします。

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8月6日
1時16分 長久保宿(349.0km)

長久保宿まではゆっくりとした下り坂が続きましたが、宿場町に入る角を曲がった瞬間に気が付きました。この日に越えるべき峠もう一つあるということに。

長久保宿の宿場町は峠に向かっての上り坂。こんなにも傾斜している宿場町は初めてです。宿場町の終わりがすぐに笠取峠の入り口です。

もちろんこの時間ですので峠は回避します。ちょっとこの峠も嫌な感じがしますので、とても足を踏み入れることができませんでした。そのせいで今度はやや交通量の多い歩道のない車道を走ります。

ここは一気に抜けなくてはいけませんので、とても休んでいられません。和田宿で寝て回復したエネルギーをまたここで消耗することになるとは思いませんでしたが、なんとか無事通過します。

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3時20分 芦田宿(355.4km)

お祭りの準備でしょうか。芦田宿にはちょっと変わった提灯が吊るされて、道を照らしてくれています。こういう人間の生活が伝わってくるものを見つけるとなぜか安心できます。

次の望月宿に向かう前に空が次第に明るくなってきました。この日の目的地である追分まではまだ25kmくらい残っているので焦ります。

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5時12分 望月宿(360.3km)

望月宿はかなりきれいな宿場町です。宿場町の風情も残っていますし、すれ違う人も穏やかです。もっともこんな時間にすれ違う人ですから高齢者ばかり。ただそれを差し引いても居心地の良さそうな街です。

この地域はなぜか宿場町が密集しています。次の八幡宿まではたったの3.5km。途中でちょっとした山道も通過しながら、この時間はまだ気持ちよく進みます。

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6時42分 八幡宿(365.8km)

八幡宿は道そのものは宿場町の雰囲気が残っていますが、全体としてはちょっと大きな住宅地になっている感じがあります。街道沿いには古い建物も残っていますが、おそらくほとんどが昭和になってから建ったものでしょう。

宿場町としては千曲川の向こう側、花街でもあった塩名田宿のほうが人気が高かったのかもしれません。八幡宮から塩名田宿までは2.5km。この距離で宿場町があったということは、千曲川がいかに渡るのが大変だったかが分かります。

その千曲川はいまでは2本の橋がかかっていて、当然簡単に往来できるようになっています。そして川を渡ればそこは花街塩名田宿。

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7時41分 塩名田宿(368.3km)

盛者必衰の理をあらはす。かつて栄えた塩名田宿はすでに過去のもの。もう千曲川の洪水で困る人もいませんので、ただの小さな村になっているのが塩名田宿。もちろん趣はありますが、華やかさとは別のもの。

中山道の役割も宿場町の役割も時代とともに変わっていくのでしょう。

そして次に向かうのは北陸新幹線の駅にもなっている佐久平近くの岩村田宿。さすがに宿場町が近づくに連れて、都会の雰囲気が漂ってきます。遠くには巨大なイオンモールが見えます。あの辺りが佐久平かなと思いながら数百メートル南を通過します。

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9時43分 岩村田宿(373.6km)

岩村田宿は風情も趣もなく、ただのアーケード街になっていました。人が暮らすというのはこういうことなのでしょう。歴史よりも日々の生活がいかに豊かになるかが大事にされます。

見事に宿場町は跡形もなく消えていましたが、これもひとつの歴史なのでしょう。ただ、アーケードには昔を思わせるような歴史のあるお店が多く並び、宿場町であったことがかすかに伝わってきます。

変わるものと変わらないものがある。これも五街道の魅力のひとつ。

岩村田宿を越えたところでひとつの決断をします。この日は追分までは行かずに手前のネットカフェで休むということです。夕方少し早めにネットカフェを出て、夕方6時くらいまでに碓氷峠に入る作戦です。

追分まで行くと、そこはもう軽井沢ですのでネットカフェなどありませんし、休憩するにも場所探しが大変です。

岩村田宿から先に進み、遅めの朝ごはんを食べて自遊空間佐久店で仮眠に入りました。滞在時間は4時間くらい。しっかり休めたとはいえませんが、とにかく前に進まなくては碓氷峠を越えられません。

ただ、ネットカフェでチェックしたところ、軽井沢に大きな雨雲が2つあり、ものすごい量の雨を降らせているとのこと。このとき脳裏に浮かんだのは雨で峠越えができないというリスクです。

とはいえ、現在地はしっかり晴れていますので、とりあえず前に進みながら考えることにしました。ここで本来なら7日目のスタートですが、結果的には碓氷峠を夜に通過できなかったので6日目が続きます。

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16時32分 小田井宿(378.1km)

軽井沢が近いからでしょうか、どことなく落ち着きがあり、そして宿場町全体がきれいな気がします。心なしか空も広く感じて、ちょっと品があるように感じます。

ただ、宿場町をゆっくり楽しんでいる余裕はありません。雲の流れが早く今にもゲリラ豪雨がやってきそうな気配が漂っています。

そしてそれは突然やってきました。しなの鉄道の線路を超えて軽井沢の雰囲気が強くなったところで、突然の豪雨。とても前に進める感じではありません。ただ、これは通り雨の可能性もあるのでとりあえずは耐えて、晴れ間を待ちます。

予想通り雨は止みましたが、時間を大幅にロスしてしまいました。

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17時54分 追分宿(384.5km)

追分は北国街道と中山道の別れです。いま思えは初めての旅ランとなった日本海から太平洋までの300kmの旅は北国街道の一部を走っていたのかもしれません。そしてこの日、そのとき走った道と交差しましたが、それがどこなのかはわかりません。

追分宿は見事にきれいに整備されていて、さすがに軽井沢の宿場町ここにありといったところでしょうか。かなりお金をかけて整備したのがひと目で分かります。

軽井沢に泊まってこういう道を散策するというのがお金持ちの休日の過ごし方なのかもしれません。

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18時52分 沓掛宿(388.9km)

沓掛宿は中軽井沢駅前の路地を入ったところに本陣跡があるということですが、それらしきものはまったく見当たりません。おそらくグーグルマップの情報が間違っていたのでしょう。おそらく現在の中山道がそのまま旧中山道なのでしょう。

グーグルマップ上の沓掛宿は住宅地の中に埋もれてしまいました。

この時点で19時前ですので、旧道での碓氷峠越えは断念しました。ここは無難に国道18号沿い。以前ハーフマラソンでも走った国道の碓氷峠を走ることに決めました。

ならばそろそろ腹ごしらえと入ったラーメン屋「三代目仔虎」。雰囲気だけで入りましたが、どうやらかなりの人気店らしく、ラーメンが出てくるまで40分以上待たされました。ラーメン屋で注文してからこんなにも待ったのは人生初です。

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味は……まぁラーメンは好みが分かれるのであれです。

このときは、こんなにも待ったことに軽く腹を立てていました。しかもお店を出ると雨が降っています。さっきの通り雨とは違い、ちょっと長引きそうなシトシトとした雨。

ここからは傘をさして軽井沢宿を目指します。

最初は少ししたら止むかと思っていたのですが、どうも止む気配はなく、むしろ霧まで出てきてかなり危険な雰囲気です。これでは国道側の峠道もNGです。

もしラーメン屋ですぐにラーメンが出てきたら、碓氷峠に突入して途中で立ち往生なんてことになっていたかもしれません。そう思うと、ラーメン1杯に40分かかったことも、何かに導かれた結果なのかもしれません。

とりあえず、この日にどうするかは軽井沢宿についてから考えることに。

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21時5分 軽井沢宿(393.8km)

軽井沢の宿場町は跡形もないどころか、いまどきの観光スポットへと変化していました。旧軽井沢銀座通りといえば分かる人もいるかもしれません。あの通りが中山道だったわけです。

さて軽井沢宿まで来たものの何も決断できません。まずは野宿スポットがないか探すために軽井沢駅へ向かいました。アウトレットモールなら寝る場所があるかもなんて期待していましたが、駅に近づくに連れてそれどころではない雰囲気になります。

気温はぐんぐん下がり、風も強く吹き始めたためとても野宿できそうにありません。しかも軽井沢は23時にはどのお店もしまってしまいます。これはまずいと思い、あわてて楽天トラベルで宿検索。

月曜日の夜だから安宿のひとつでも開いているかな期待したわたしが間抜けでした。わたしの懐具合で泊まれるのは駅前のAPAホテルのみ。しかも1室だけ空きがあります。1泊1万2千円…ここまでの全食費と同じくらい。

でも迷っている場合ではありません。その場で予約してすぐにチェックイン。

こうして思わぬ形で6日目(実質7日目)を終えることになりました。


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著者:八木 牧夫
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