五街道制覇プロジェクト最終章「中山道69次ラン」7日目

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8月7日
7時51分 長野・群馬県境

思わぬ雨となって宿泊することになった軽井沢宿。どうせホテルに泊まるなら体力を100%回復させようと、早朝には起きずに7時起床。とはいえ就寝から起床までまばたき1回。 

まぶたを1度閉じて、次に開いたら朝だったというわけです。

当然疲労なんて抜けきるわけがありません。ただし、頭はクリアになっています。思考が十分にポジティブで、本来の自分を取り戻したような感覚があり、7時30分チェックアウトでも気持ちには余裕がありました。

やはり睡眠は大切です。ここまでのめちゃくちゃな睡眠スケジュールは、あきらかにわたしを追い込んでいました。

知らないうちに入り込んだ袋小路。碓氷峠を下ればあとは関東平野だけ。そういう状態になって、進むべき道が間違っていたことに気付かされました。

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出発時には前日の風雨はだいぶおさまっていたがそれでも霧雨。わたしは傘をさしながら進みます。旅ランで役に立つのはレインコートではなく傘です。特にわたしは眼鏡をしていますので小雨でも気がつけば視界ゼロ。

傘を持ってきたのは正解でした。そもそもわたしはカメラを持って走ったりするので、片手が不自由なことは走りに影響しません。

国道の碓氷峠はひたすら下り。かつて碓氷峠ラン184で走ったコースですのですし、曲がり角の数がちゃんと表示されていますので、1つずつカウントダウンしていくだけです。

林道では見ることの出来ない眼鏡橋もゆっくり見れましたので、これはこれでいいものです。

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9時54分 坂本宿(408.9km)

碓氷峠を通過中に400kmを越えました。

坂本宿は碓氷峠の手前の宿場ですので、江戸時代はとても栄えた宿場町でしたが、鉄道が開通してからは宿場町もどんどん寂れていったとのこと。

大きな宿場町だった名残でしょうか、真っ直ぐの道が2km弱も続きます。きっと多くの大名行列がここで一晩を明かしたのでしょう。

何もない田舎の町ですが、寂れてしまった時代がイメージできないくらい整っています。

坂本宿を抜ければ次は碓氷関所を通過して横川駅。横川といえば釜めしだろうと意気込んでいましたが、注文したのはなぜか蕎麦。小雨で体が冷えていたのかもしれません。

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12時26分 松井田宿(418.0km)

松井田宿はもう完全に生活感が漂っています。中山道という趣よりも、いま生活している人のための道という感じがあり、もう関東なんだなということに気付かされます。

松井田宿を抜ければ次は安中宿。

安中といえばマラソンとは切っても切れない縁のある宿場町です。安政遠足と聞けばピンとくる人も多いかもしれません。今年で44回の歴史あるマラソン大会ですが、そもそもは安中城主が藩士の鍛錬のために始めたものです。

ちょうどわたしが来た道を逆走する形で走るわけですが、江戸時代にはかなりの足自慢もいたようで、旋風のように速いと書いてあったのは、浅田次郎さんの一路だったか。

いつか走ってみたいなと思っていたら、思わぬところで安政遠足を逆走していました。

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14時57分 安中宿(426.6km)

安中宿の本陣は郵便局になっていて、この宿場町も多くの人が生活することで趣が失われていましたが、ランナーとしてもう一度ゆっくりと散策したいところです。

中山道ももはや風情がなくなり、こうなってくると宿場町の楽しさがなくなってきます。せっかく明るい時間に通過できているのにこれでは面白味に欠けるというものです。

とはいえ、先を急いでいるのも事実です。見るものがないのはそれはそれで助かります。

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16時36分 板鼻宿(430.6km)

板鼻宿までくると、さすがに空模様が気になり始めます。このままでいくと、翌日の夜には台風が直撃する可能性があるとのこと。この日の雨は早い段階で止みましたが、いまでもいつ降り出してもおかしくない状況。

この日のうちにできるだけ距離を稼いでおきたいところです。

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18時25分 高崎宿(437.6km)

そうこうしているうちに高崎宿まやってきました。見事に街道をイメージさせるものは何もありません。市役所のほうにはお堀などもあり、城下町だったことを思わせるものもありますが、メイン通りは都会の繁華街です。

さすがに新幹線の停まる駅ともなれば、その規模も大きなものになってしまい、その時代に合わせて道も当然変化していくもの。ノスタルジーよりも今の快適さが優先されるのは仕方のないことです。

高崎宿を通過して中華料理店でレバニラ炒め。前半はコンビニ生活になっていましたが、ここにきてきちんとお店での食事が出来ています。それだけでも都会に来たんだということを実感できます。

レバニラ炒めは当然鉄分が不足しているであろうから。いまさら食べても意味はないかもしれませんが、正直なところ藁にもすがる思い。レバーを食べてほんの少しでも回復するなら当然食べるしかありません。

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20時18分 倉賀野宿(443.2km)

もうここまで来ると道はなんの変哲もない大きな道になってしまいます。倉賀野宿には高札と石碑が立っていましたがそれだけ。

安全だけとワクワクするようなことは何も起こることもない平凡な道。いまとなって思えば鹿の威嚇だって、旅を彩る素敵なBGMでした。ここでは鹿どころか野良猫すら見かけません。

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22時05分 新町宿(449.4km)

新町はその名前のせいなのか、完全に住宅街のど真ん中に本陣跡が残っています。ここも残念な宿場町かなと思いきや、小さな公園に明治天皇の行在所となった古い家が残っていたりと、ちょっと変わった町でした。

高崎線の駅が近いというのもあって居酒屋などもありますし、これまで見てきたどの宿場町とも似ていません。中山道というよりは東海道の宿場町に近い雰囲気があるのはなぜでしょう?

新町宿の次は本庄宿ですが、この日は本庄宿の近くまでいって終了となりました。

本庄に着く頃には日付が変わりそうだったので、宿場町を楽しむのは翌朝のほうが適しています。新町宿からはただひたすらに17号線を走って、快活クラブ17号本庄店へ。

シャワーのないネットカフェでしたが背に腹は代えられません。1冊も漫画を手にすることなくそのまま深い眠りへと落ちて7日目が終了となりました。


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著者:八木 牧夫
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