速く走れるランニングシューズはなぜ推進力や反発力を感じるのか

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箱根駅伝を走るようなランナーの履く高速レース用のランニングシューズ、アディゼロ匠やHANZO V2を履いて走ると他のシューズにはない推進力や反発力を感じて、普段では出せないようなスピードで走ることができます。

なぜ、あのようなスピードを出すことができるのか。推進力や反発力の正体はいったい何なのでしょう?

園説明をする前に、まずはランニングシューズとしての反発力と推進力の違いについて書いておきましょう。ものすごく大雑把に書けば、反発力はソールの持つ機能で、推進力はスタビライザーの持つ機能です。

このため、反発力は常にクッション性とセットになって語られます。ソール材は着地したときのショックを吸収する役割がありますが、完全に吸収すると力が逃げてしまうので吸収した力を押し戻す必要があります。これがシューズにおける反発力です。

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このため、クッション性で吸収した以上の反発力を得られることはありません。反発力もそれほど爆発的なものではなく、軽くグッと押される感じを受ける程度で、人によってはまったく感じない可能性もあります。

もし、この反発力が吸収した力よりも大きくなると、そのランニングシューズは「違反シューズ」になります。陸上規則には下記のよう記載があります。

使用者に不正な利益を与えるようないかなる技術的結合 も含めて、競技者に不正な付加的助力を与えるものであっては ならない。

吸収した以上の反発力があると不正な付加的助力になりますが、自分で掛けた力を少し減衰して戻すだけだからアディダスのBOOSTフォームは違反ではないという理屈になります。

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では推進力はどうか。

推進力はスタビライザーによって作られます。スタビライザーとよんでいるのはアシックスで、アディダスはトルクションシステム、ニューバランスだとSTABILITY WEBです。

ランニングシューズを裏返してもらうと、土踏まずあたりにプラスチックのパーツがあります。これが推進力を生み出します。ただし、その名前からも分かりますように、どのメーカーもシューズのねじれをコントロールする機能のあるパーツとしています。

シューズのねじれをなくして、走りに安定感を出すわけです。

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過去にアディダスのADIZERO FEATHERを履いたときに、100kmも走らないうちにこの部品が壊れたというのを記事にしたことがあります。しかも2足続けて。

過去記事:「adizero Feather RK2」が早くも壊れたんですけど〜!

この部品が壊れたのに気づいたのは、走りが不安定になったと感じたからで、実際にシューズを安定させる機能があります。でも、このスタビライザーは同時に推進力を生み出します。

前足部から着地して、そのあと踵が下がるときにこのパーツが反るように変形します。そしてある程度まで変形したら反発するわけです。それが推進力となります。

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イメージできない人は、ボールペンを机の上に置いて、端を指で抑えてください。もう一方の端を持ち上げて離すと、離した方の先端が机を叩いてパチンと音が鳴ります。音が鳴るというのは机に対して力がかかったということです。

シューズの場合、その力が足を押し出していると考えてください。

実はこれ、かなり厄介な話で、メーカーは絶対にスタビライザーによる推進力については語りません。あくまでも、シューズを安定させるためのパーツとしています。

なぜなら、この力は明らかに付加的助力だからです。ソールの反発力は凹んだ分が元に戻るだけです。-1になったものが0に戻るだけ。でもスタビライザーは-1になったものが0を超えて+0.5とかになったりするわけです。

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ナイキのヴェイパーフライ4%がドーピングシューズと言われたりしましたが、実は他のメーカーのシューズのほうがドーピングシューズである可能性があります。

速く走れるシューズの多くがこのような部品を使って推進力を作り出しています。そして、トップランナーの多くが、この推進力を「反発力」と表現します。

人によっては「地面からの反発力がすごい」とシューズを評価しますが、ソール材はどう頑張っても「すごい」と感じるほどの反発力を作り出せません。ということは、どう考えてもスタビライザーの反力が走りを後押ししているわけです。

走力がない人が駅伝用のシューズを履いてケガをするのは、スタビライザーによる反発力に足が耐えられないためです。走っているというよりも走らされている感覚にもなります。

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もちろん、十分にトレーニングを積んだ人が履けばかなりのスピードが出ます。でも面白いことに、世界のトップランナーはそのような高速レース用シューズをフルマラソンでは履きません。

さらに面白いことにアディダスのサブ2.0という、2時間切りを目指すランニングシューズにはスタビライザーがありません。

メーカーの開発側の人に聞いたときには、「スタビライザー(アディダスなのでトルクションシステム)を使わなくてもシューズが捻れないような構造にした」と言っていましたが、実際はランナーから「不要」と言われたのではないかと推測しています。

必要以上に力がかかるから筋肉が疲労して、後半の失速に繋がる。だから2時間切りを目指すなら、レースで結果を出すにはスタビライザーは使いたくないと考えたなら、サブ2.0にスタビライザーがないのに筋が通ります。

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ランニングシューズは「厚底 vs 薄底」の構図で語られることが多いのですが、その水面下で「推進力あり vs 推進力なし」の戦いが行われています。速く走れるシューズが、必ずしもフルマラソンで結果が出るシューズではないという事実。

ただ、「推進力あり vs 推進力なし」の戦いにヴェイパーフライ4%が加わったので、複雑なことになっています。ヴェイパーフライ4%は推進力があるシューズに分類されています。

でも1の力で押したら、1の力が戻ってくる構造になっている(トータル0)なら付加的助力はなしです。実際にそうなるように設計されていると思います。その1の戻り方がこれまでのシューズと違うだけで。

そうでないとIAAFが公認するわけがありません。もっとも、これを認めないとなると、スタビライザーのついたシューズのほうがNGではないかと、ナイキから追及を受ける可能性があります。

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このあたりはきっと政治的な駆け引きも抱えているのでしょう。誰か裏話をまとめて本でも出してくれないかと期待しているのですが。

力学的に考えれば、ヴェイパーフライ4%はドーピングシューズではありません(好き嫌いは別問題として)。ただし測定したわけではないので「仮」ということになりますが。

反対にアスタビライザーがあるシューズのほうが、力学的にはドーピングシューズで、追及されるとかなり面倒なことになるだろうなと感じています。もっとも、一定の走り方をしたときだけ反力を得るので、「たまたま」と逃げることができますが。

アディダスがサブ2.0にスタビライザーを採用していないのは、スタビライザーは認められるのかという議論も関係している可能性があります。サブ2.0を達成したときに「スタビライザーがおかしい」とケチを付けられないために。

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メーカー同士の駆け引きも見えて、個人的にはなかなか面白い話だと思っていますが、普通のランナーにはマニアック過ぎるでしょうか。

いずれにしても、速く走れるシューズにはシューズ開発者のアイデアや苦労などが詰まっています。もしかしたら「本当にこれでいいのか?」という苦悩もあるのかもしれません。

いずれ、その苦悩から抜け出した誰かが、新しいランニングシューズメーカーになる。そんな未来にも少し期待している自分がいます。これを語るとキリがないので、お後はよろしくありませんが、今日のところはこのへんで。


一流はなぜ「シューズ」にこだわるのか (青春新書インテリジェンス)
著者:三村 仁司
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