月間走行距離が500kmになって分かったこと

このブログのタイトルは「月間走行距離なんて知りません」ですが、STRAVAで記録を残すようになってから、月間走行距離が嫌でも目につくようになりました。そして9月の月間走行距離が500kmを超えました。

そもそも、「月間走行距離なんて知りません」のタイトルの意味は、毎日コツコツ走っていたら、黙っていても走行距離が伸びるということにあります。ときどき「走行距離なんて短くていい」だと勘違いする人がいますが、正しくは「月間走行距離を把握することに意味はない」です。

その想いは500kmを走ったことでより強くなっています。

ここでは、その想いも含めて、実際に500kmを走ったことで何を感じたのかについて、お話していきます。

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月間走行距離500kmは特別なことではない

これまでは、月間走行距離が500kmになるという人を、純粋にすごいなと思っていたわけですが、実際にやってみると大したことはありません。朝に6.6km、夕方に12kmというのを可能な限り続けていけば500kmになります。

会社員だと難しいかもしれません。個人事業主で、なおかつ9月はほとんど仕事がなかったというのもあって、わたしはコツコツ練習を積み重ねることができました。その結果が500kmです。

トレーニングにはメリハリをつけて、3日に1回のポイント練習と残りはリカバリーのためのジョグだけです。あまりにも疲労が溜まっていると感じたら、思い切って休みます。朝ランだけは走りましたが。

そして、実際にそれだけの距離を走って速くなったかというと、実感はまったくありません。あたり前のことですが、ただ500km走っただけで足が速くなるのは成長期だけです。

40歳を超えて、ただ走行距離が増えても成長するようなことはありません。もちろんベースがゼロなら、そこからの伸び代が大きいので速くなりますが、わたしはこれまでにそれなりに走ってきたので、伸び代はそう多くはありません。

逆に言えば、月間走行距離が300kmだったのが200kmになっても、そこまで遅くなることはないということかもしれません。ただ本当に変化がないかどうかは、実際に42.195kmを走ってみないと分かりません。

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ランニング中心の生活へ

自分のスキル面での変化がどれくらいあったのかは不明ですが、大きく変わったのは生活の中心がランニングになったということです。これまでは仕事が生活の中心にありましたが、今は走ることが生活の中心にあります。

これは大きな変化です。生活は明らかに苦しくなりましたが。

500kmを走ろうと思うと、休養がとても重要になります。とにかく寝ないことには話になりません。ですので、仕事の途中でも寝るべき時間になったら、仕事を切り上げて眠ります。

食事も回復を意識したものになります。今は鉄分をしっかりとり、造血作用があるとされているアサイーも毎朝ヨーグルトと一緒に摂るようにしています。ポイント練習の日には肉を食べるように心掛けています。

あたり前のことをあたり前にするようになっただけです。これまでは妥協してきた部分が減ったという感じでしょうか。個人的にはいい傾向だなとは思いますが、自分の視野が狭くなっていくのも感じます。

走ることだけに集中しているので、周りのことにまで気を使えませんし、そもそも気にもなりません。その結果、ラグビーも世界陸上も見れていないわけです。興味はあります。でも頭の中から抜け落ちるので、見ようともしないわけです。

たぶん、人間関係もおろそかにしてるんだろうなとは思います。それを自分で気づくことは困難で気がつけば孤立していたりするのでしょう。何かを突き詰めていくという作業はいつだって孤独なものです。

500km先にあったものは心地よい孤独感

そういえば、物書きという仕事も孤独です。孤独になることそのものは嫌いではないので、まったく問題はないのですが、将来寂しくなるだろうなとは思います。寂しいという感情がないので、それも問題ありませんが。

トップアスリートはもっと孤独なのでしょう。自分のレベルにまで付いてこれる人のほうが少ないわけですから、見えている景色も違いますし、わたしなんかよりもよっぽど周りと共有できるものが少ないわけです。

月間走行距離が500kmになるというのは、そういった孤独な世界に入っていくことなんだと思います。その領域に入りたいかどうかは人によって違うかと思いますが、そこでしか見えないものが間違いなくあります。

男として生まれたからには、それを見てみたいとは思います。そのチャンスを与えられる人のほうが少ないのですから。私は幸運にもそれができる立場にあります。ならば、あとはただひたすらに耐えるだけ。

月間走行距離が500kmを超えた今、自分だけの世界観を手に入れるチャンスだと思っています。トップアスリートだけが持つ独自の世界観。彼らの言葉にはいつも重さを感じます。この領域に存在し続けることができれば、わたしの言葉は今よりももっと意味のあるものになるのでしょう。

すべてを手放してでも手に入れたいものがあるなら、脇目も振らず全力で突き進むだけ。

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