福岡国際マラソンで日本記録更新が最初から無理だった理由

2020年に開催される東京オリンピックのマラソン代表の座をかけた戦いであるMGC。すでに2人の選手が出場を決めており、残り1枠は大迫傑選手もしくは、福岡国際マラソン、東京マラソン、びわ湖毎日マラソンのいずれかで日本記録を更新した選手で最速のランナーのものとなります。

それだけに、福岡国際マラソンは例年以上に注目される大会となりましたが、残念ながらこの大会で日本記録更新とはなりませんでした。なぜ、期待されながらも日本記録にかすりもしなかったのか、市民ランナーに役立つ情報も織り交ぜながら解説します。

目次

マラソンは条件が揃わないと記録が出ない

設楽悠太選手と大迫傑選手が立て続けに日本記録を更新したため、マラソンで日本記録を出すのがいとも簡単なようにマスコミが報じていますが、設楽悠太選手が日本記録を更新するまで、2002年に高岡寿成選手が樹立した日本記録を更新するランナーは現れませんでした。

マラソンで、日本記録を更新するというのはそれくらい難易度が高い話であり、記録更新には一定の条件が求められます。

  • 気温が10〜12℃
  • コースのアップダウンが少ない
  • 選手のコンディションがベストである
  • 選手のポテンシャルを引き出すシューズを履いている

日本記録も世界記録も、人間の限界にかなり近づいているのでこれらの条件が整っていないと、記録更新が難しい状態になっています。それぞれの条件について、市民ランナーに役立つようにもう少し詳しく説明します。

気温が10〜12℃

マラソンの記録は気温で決まるといっても過言ではありません。福岡国際マラソンはスタート時の気温が18.5℃だったので、わたしはスタート前に下記のようにツイートしました。

もうこの時点で日本記録更新はないと断言しています。結果論だろうと思われるかもしれませんが、マラソンの適温は10〜12℃というデータがあり、それを6℃以上も上回っているコンディションで記録を更新できるわけがありません。

気温が高いとそれだけベースとなる心拍数が上がります。失ってしまう水分量も増えてしまうので、水分補給がとても難しくなります。

もし日本記録を更新するのが出場する目的なら、気温がわかった時点で辞退するべきなのですが、そうはできない雰囲気が日本のマラソン界にはあります。「暑いからやめた」としたら、瀬古さんに何を言われるかわかりませんし。

もし気温が高い状態で自己ベスト更新できるとしたら、それは初心者〜中級者レベルの伸び代が大きいランナーだけです。福岡国際マラソンで日本記録更新にならなかった最大の理由はこの日の気温の高さにあります。

コースのアップダウンが少ない

福岡国際マラソンは国内のマラソン大会では、比較的アップダウンが少ない大会です。ただし、小さなアップダウンが思った以上にあります。このためペースが安定しない傾向にあります。

ペースが安定しないのがあたり前なのですが、この日のペースランナーはしっかりとタイムを刻んでいたので、上り坂になるたびに体力を消耗しているように感じました。所々で足に力が入っているように感じる場面があり、体力を奪っているのがわかります。

世界では記録が出る大会はベルリンマラソンと決まっています。あとはロンドンが続くくらいでしょうか。近年のマラソンにおいては、フラットなペースで走り続けることが重視されていますが、小さなアップダウンがある福岡国際マラソンですと、それをするのは簡単ではありません。

もちろん、国内ではまだ記録がでやすい大会ですので、福岡国際マラソンだから記録が出せないということはありません。ただ、世界のエリートも参戦する大会なのに2時間5分台というタイムは過去に2回しか記録されていません。

日本記録が2時間5分台に突入しているので、福岡国際マラソンでの日本記録更新は難しいかなというのが個人的な見解です。

選手のコンディションがベストである

これに関しては選手の問題ですし、見る側にしてみればまったくわからないことです。ただベストコンディションでないと記録が出ないのは、トップアスリートでも市民ランナーでも同じことです。

9月にMGCを走っての12月に福岡国際マラソン。これは準備期間としては短すぎます。市民ランナーならともかく、MGCに出場した選手は命を削って走ったわけですから、そこから2〜3ヶ月でまたベストコンディションに持っていくのは無理です。

その期間に実業団としての活動もあるわけですから。

もちろん選手には科学的根拠があって、MGCの次に福岡国際マラソンを選んだのだとは思いますが、チームの事情で福岡国際マラソンを選ばざるを得なかった選手もいるはずです。

市民ランナーは連戦をする人も多いかと思いますが、自己ベスト更新を考えるなら年2〜3レースがいいところです。川内優輝選手のように練習のためにレースに出るというのであればいいのですが、毎回勝負レースにしていたのでは、とてもじゃないですが自己ベスト更新は期待できません。

勝負レースと勝負レースの間は十分な期間を空けること。少なくとも日本記録更新がターゲットならそれは必須条件です。MGCからそれほど期間が経っていないこのタイミングでの日本記録更新は、無謀なチャレンジです。なので本来はコーチが止めるべきですが、それもできない事情があったのでしょう。

選手のポテンシャルを引き出すシューズを履いている

今回もナイキのヴェイパーフライを履いている選手が目立ちましたが、今ではランニングシューズがマラソンのタイムに影響を与えるのが、あたり前になってきました。勝ちたければヴェイパーフライを履くのが当然の時代です。

ただいいシューズを履けば速く走れるわけではなく、進化したシューズを履く場合には、ある程度シューズに自分を合わせなくてはいけません。今回のレースに限らず、きちんとヴェイパーフライを履きこなせている選手は少数です。

少しシューズという武器に溺れている感もあります。シューズはとても大切です。日本記録更新も最新技術を駆使したシューズでないと更新するのは無理ですが、藤本選手も佐藤選手もまだシューズと融合しきれていない状態です。

あと1年あれば、あと2〜3分くらいは縮められそうなので、将来の日本記録更新は期待したい選手ではありますが。

ちなみに優勝したエルマハジューブ・ダザの足元にあったシューズはヴェイパーフライではなくアディダスです。多くは語りませんが、1年後にはナイキvsアディダスのシューズ競争が起こります。

栄枯盛衰といいますが、1年後にはヴェイパーフライを履いた選手は半分以下になっているはずです。

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30kmから単独走になったことが最大の問題

福岡国際マラソンで日本記録が出るには条件が整っていませんでしたが、30km手前まではほんの少しだけ期待感もありました。でも、ペースメーカーが離れて藤本拓選手がダザ選手に置いていかれた瞬間に期待がしぼんでしまいました。

マラソンにおいて単独走ほど苦しいものはありません。だからキプチョゲのINEOS 1:59もギリギリまでペーサーがついていました。自転車競技ではチームでエースを引っ張っていくのがあたり前ですが、誰かについていくというのはマラソンにおいてもエネルギーロスを防ぐことができます。

だから、せめてダザ選手と並走できればよかったのですが、ダザ選手はペーサーのスピードに退屈していましたので、ああなることはある程度予想はできました。少なくとも30km地点で5人のランナーがいれば状況は変わったかもしれません。

交代で集団を引っ張って、残り3km勝負となればかなりの好タイムになったかと思いますが、そこに2人しかいなかったので、残り12kmは消耗戦になるしかなく、ペースを上げるどころか維持することも難しくなりました。

そういう意味では、有力な選手を集めることができなかったことが最大の問題でした。とはいえ有力な選手はベルリンマラソンに出ていますし、日本人はMGCに出ていますので福岡国際マラソンは回避する流れになっていたので、最初からこうなることは決まっていたのかもしれません。

マラソンは環境に合わせてベストを尽くすスポーツ

今回のレースからもわかりますように、記録を更新するには様々な条件が整っていないといけません。市民ランナーでも中級者レベルまでは、4つの条件のどれか1つが整っているだけでも自己ベスト更新は可能です。

でも上級者レベルになると、少なくとも3つの条件が揃っていないと自己ベスト更新はできません。その中に必ず入ってくるのが気温の問題です。気温が15℃を上回るなら、その日は捨てレースにするしかありません。

ただそれは、自己ベスト更新がマラソンの目標になっている場合だけです。マラソンにおいてタイムというのは結果でしかありません。

目標としてサブ4やサブ3を設定するのは悪いことではありません。でも、目の前のレースでそれができるかどうかは、天候やコースなどの条件が大きく左右しますので、スタートラインに立ったら、やるべきことは「その日のベストを尽くす」だけです。

ベストを尽くすというのは、無理なペースで突っ込んでいくことではありません。気温やコース、自分のコンディションを冷静に判断して、飛ばしすぎず抑えすぎず42kmを走り抜くことです。その結果、条件が整っていれば自己ベスト更新になります。

だから自分の走りをタイムだけで評価をするのはやめたほうがいい。タイムが悪くてもその日のベストを尽くせたなら、それは正しく評価すべきです。もちろん、そこで満足する必要はありませんが。正しく評価をして次につなげる。その繰り返しが自己ベスト更新につながります。

MGCは日本人ランナーを強くするのか

今回の福岡国際マラソンで疑問に感じたのは、無理なコンディションで日本記録更新を狙いに行くことに意味があるのかということです。東京オリンピックを目指す選手は、無理とわかっていてもペースメーカーについていくしかありません。

それが日本のマラソンの未来につながるのかというと、そこには違和感があります。藤本拓選手が30kmまでついていったことを評価されましたが、結果だけを語れば派遣設定記録には遠く及ばない結果になっています。

そういうレースで何かを得ることができるのか。ランナー人生の中で無駄に消耗しただけなのではないかと、個人的には感じています。

今回のレースでオリンピックの切符がかかっていなかったら、レース展開はまた違ったものになっていたはずです。でも、すべては日本記録更新のために準備が行われ、無謀なレースになりました。

東京オリンピックという人参をぶら下げたMGCの考え方は間違ってないとは思います。でも今回のような無謀な走りをさせるのは、選手を潰してしまうのではないかと不安になります。

今回の福岡国際マラソンは、マラソンではなく42.195km走でした。それでは見ている人の心を掴むこともなく、淡々とレースが進んでいくだけ。これで日本人ランナーが強くなるとは思えません。

マラソンはやはり環境に合わせて変化し、それにどう適応しながら勝ちに行くのかの駆け引きなどが面白いわけです。9月のMGCで多くの選手が駆け引きをしかけていましたが、ああいう頭を使ったレース展開が日本人には合っていますし、それが日本人ランナーがアフリカ系に対抗できる数少ない武器です。

福岡国際マラソンではその武器をとりあげて、素手で殴り合いをさせたような感じを受けました。素手でも勝てる選手を代表に選びたい。陸連にはそんな思いがあるのかとは思いますが、18.5℃の気温で日本記録を更新できるほど、2時間5分台は甘くない。それだけが明確になったレースでした。

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