本当にランナーに休養は必要なのか?

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毎日走っていると「休まないと疲れがたまりませんか?」と聞かれることがある。それはもう「毎日生きてて疲れませんか?」と聞くぐらい愚問だとわたしは思っている。

走ることは生きることだ。

根本的に大きな勘違いをしているというか頭から抜けていることがある。それは人間は動物だということだ。残念ながら動物園には人間の檻は用意されていないが、間違いなく人間も動物だ。

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毎日木の実を求めて歩きまわり、ときには獲物を追うために駆けまわる。逆に他の動物から逃げなくてはいけないときもある。動物とは本来そういうもので、疲れるから走らないというのは人間本来の力を放棄するようなものだろう。

ただ、世界トップレベルを目指そうというとき「効率的」という言葉が入ってくる。「知恵」と言ってもいいだろう。彼らは出来る限りムダを省き、ただ速く走るためだけに特化した訓練を行う。

そうやって人類は42.195kmを2時間ちょっとで走れるように進化してきた。

その知恵が市民ランナーのレベルにまで普及している。そして言葉だけが独り歩きして「休養は大切」という思い込みが発生しているようにわたしは感じている。

大切なのは休養ではない。休養が必要になるまで追い込んでしまっていることだ。これは日々の働き方にも言えること。休日に寝て過ごすしか出来ない働き方はどう考えてもおかしい。

速くなるためにはたしかにインターバルのような追い込んだ練習が有効だろう。でも「それで?」という感覚も捨てられない。効率よく速さを求めて、体を追い込んでタイムを数分、数秒縮めてどうなるのか。

速く走ることはランニングの楽しみ方の1面でしかない。そして1面だけを追い求めるても必ずどこかで破綻していまう。現実に時間が確保できるかは別として、人間本来の力という意味ではやはり毎日走れるほうがいい。

連戦続きでろくに練習できなくなってしまったわたしがいま強くそれを感じている。

40kmを1週間に1回だけ走るぐらいなら、5kmを週に7回走るほうが絶対に体が喜ぶ。走ることが特別ではなく習慣になることが理想だろう。歯を磨くように、お風呂に入るように当たり前に走りに行く。

走ることは特別ではなく、日常であるべきだとわたしは考える。

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