仮装して走ることでマラソンはもっと面白く、もっと楽しくなります

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本格的仮装ではないけれどもわたしは仮装ランナーの1人です。河童の被り物と万里の長城マラソンの半被。そして仮装ではないのですが裸足というマラソンランナーとは思えない姿で走っています。

そうやって注目を浴びながら走ることを批判的に思う人もいるかもしれませんが、わたしなりのマラソンの楽しみ方のひとつと考えています。マラソンで目立つことの意味についてお伝えします。

声援が走りを楽しくする

マラソンで目立つと、まず声援の多さが格段に違います。河童に反応するのは子どもが多く、裸足に反応するのは大人です。そしてそもそも存在に気づいてもらうための半被です。

たまに裸足でもなくタイムを追うでもなくマラソンを走ることがあります。そういうときとにかく退屈です。ゴールがものすごく遠く感じます。声援がなくなると途中で帰りたくなるほど退屈です。

そういうのは精神力の問題だろうと思うかもしれませんが、声をかけてもらえると楽しさの次元がまったく変わってくるので、違うスポーツと考えていいほど声援はマラソンを楽しくしてくれます。

ランナー同士の交流がある

上と同じ理由かもしれませんが、沿道の声援だけでなく多くのランナーからも声を掛けてもらえます。正直「この人勇気あるな」と思うんですけど、単純に嬉しくもあります。

ときどき走っているときに「ブログ読んでます」と言ってもらったりもします。最初はびっくりしましたが、いまでは最高に嬉しい瞬間ですね。カッコ悪い走りは見せられないなと背筋がピンとします。

もしこのブログを読んでくれている人がいて裸足の河童を見かけたらぜひ声を掛けてください。特に弱ってそうなとき、喝を入れる意味でも声を掛けてくれると次の一歩につながります。

見られているという意識が走りを変える

やはり見られているということが走りを変えてくれます。間違ってもダラダラした走りはできませんし、いつも姿勢よく、そして足取りも軽く見せなくてはいけないという思いで走っています。

4時間制限のさいたま国際マラソンで「あんなカッコしてるからリタイアするんだ」なんて思われたくない。だからコンディションが悪かろうと淡々とゴールできる強い気持ちを持つことが出来ます。

裸足は特にそうですね。裸足のフルマラソンでこれまで一度も歩いたことはありません。歩くと周りが心配してしまうので、どんなに痛くても笑顔で走り切ることを心がけています。

仮装して走るということ

はっきり言って邪道だと思う人が多いかもしれません。でもマラソンを楽しむという意味ではむしろ王道なのではないかと最近思うようになってきました。

これまでは仮装しながらも目立たないようにという挙動不審なランナーでした。河童を被るのもスタート直前までしませんでした。でもマラソンは苦しむものではなく楽しむもの。そう考えるとお祭り要素としての仮装をもっと誇っていい。

そんなふうに考えられるようになってきました。仮装に疑問を感じる人がいれば、ぜひ一度仮装して走ってみてください。ドンキホーテに行けば仮装グッズなんていくらでも揃います。

そして仮装で走る世界を感じてみてください。その後も仮装を続けるかどうかはその人次第ですが、きっとハマると思います。仮装は楽しい。それだけは知ってもらえるはずです。

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