「裸足ランニング」と「ピラティス」で広がる新しいランニングの世界

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飛騨高山ウルトラマラソン100kmを走り終えて、体のあちこちに変化を感じている。そもそも走っているときからいつもの自分の体とはちょっと違う感覚があったのだが、あらためて感じているのは「体が整えられている」ということだ。ウルトラマラソンはもしかして体にいいのだろうか?

まず、大前提として正しい体の使い方をして走っていることが重要になる。正しい使い方で100km12時間以上も走っていることで、体があるべき姿に調整されている。わたしのイメージとしてはそんな感じだ。だから間違った体の使い方をしていると、体は当然乱れていく。

では、どうすれば正しい体の使い方ができるのか。これは一言で伝えることは出来ない。わたしも何年もかかって今の状態を手にしたし、これがまだ完成形だとは思っていない。

キーワードを挙げるとすれば「ピラティス」と「裸足ランニング」だろう。わたしにとってはどちらも目的は同じ。体の声を聞くことと、体の本来あるべき機能を取り戻すこと。どちらもまだ世の中ではメジャーというよりはマイナーなイメージだから、それを掛け合わせるとなると完全なマイノリティになれる。

裸足ランニングは特に説明する必要はないかと思うが、簡単に説明しておこう。BORN TO RUNという本が発売された直後から「裸足で走ること」が注目され始め、裸足王子の吉野さんが裸足ランニングクラブを立ち上げたことで日本国内での認知度が高まったと言っていい。ただし、一部の変わったランナーがやっていることと受け止められている。

ピラティスは「なにそれ?」という人のほうが多いかもしれない。サッカー日本代表の長友選手などが「体幹トレーニング」という言葉を使っているが、その体幹をしっかり整えるための運動と考えてもらえればいい。インナーマッスルが本来持つ機能を取り戻すための、とても地味な動きで体に刺激を入れていく。

どちらも始めて5年以上になるが、いまだに新しい発見がある。

「裸足ランニング」と「ピラティス」を続けていくと、効率的な体の使い方を意識するようになる。マラソンでいえばできるだけ小さなチカラで体に負荷をかけずに走ることを目指すようになる。柔らかい着地や、無駄のない推進力。それを追求することによって自分の走りを高めていこうとするようになる。

速く走れることよりも、上手に走れることが嬉しくなる。今回の飛騨高山ウルトラマラソンの下りの走りがまさにそれで、これまで苦手だった下りの走りが劇的に変わったのだが、それはすべて「裸足ランニング」と「ピラティス」を追い求めている結果と言っていいだろう。

こういうものには向き不向きがあるので、すべての人に推奨はしない。ただ、ちょっとでも上手に走れるようになりたいと思うなら、どちらも始めてみるにはそれほどハードルも高くないし、何よりも面白いだろう。

ただし注意点がひとつ。ピラティスはジムなどの何十人も受けているレッスンでスタートしないこと。わたしが通う、鎌倉のSUGATAのような最大10人程度のグループレッスン、もしくはパーソナルトレーニングが好ましい。見よう見まねでやっても悪い癖がつくだけで、走りにマイナスになることもある。

裸足ランニングも可能なら裸足ランニングクラブに入る方がいい。わたしが入っていないのは海よりも深い理由があるのだが、わたしはそれなりの信念を持って自己流の裸足トレーニングを積んでいる。非常に効率が悪い。近道を進みたければその道の達人に習うのがいい。

どちらも正しいやり方で続けていけば、必ず効果が出てくるし、走りとの向き合い方が変わってくるはずだ。そうなるとこれまでと違う景色も見えてくるだろう。ランニングが10倍は楽しくなるだろう。

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