わたしが台湾を訪れた本当の理由と確信となった進むべき道

わたしが台湾を訪れた本当の理由と確信となった進むべき道

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今回の台北ラン旅でどうしても行きたかった場所が3つありました。初日に訪れた林森公園がそのひとつで、あとは芝山公園と福音山基督教墓園です。3つともある意味お墓参りになります。

台湾を近代化するのに貢献した日本人のお墓を訪れたい。台北マラソンに参加する前からずっと考えていたことのひとつです。これ以上の先送りはよくないと考え台北マラソンにエントリーしたというのが、台北マラソンに申し込んだ本当の理由です。

いずれ台南も訪れたいのですが、まずは台北での日本人の歴史に触れること。そのための林森公園と芝山公園、そして福音山基督教墓園になります。

林森公園についてはすでに紹介しましたが、日本統治時代に日本人墓地となっていた場所です。芝山公園は日本統治時代に抗日運動で殺害された日本人の教師のお墓があり、福音山基督教墓園は明石元二郎のお墓があります。

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芝山巌事件を知っている日本人はほとんどいないかと思いますが、この事件が台湾における日本の統治に大きな影響を与えました。

1895年の下関条約により台湾が日本のものになり、日本政府はまずはなにより教育が重要として、7人の日本人教師を派遣しました。そのうちの1人が帰国しているときに事件は起きました。

台北では抗日運動が盛んになっていることもあり、他の教師も避難することを現地の台湾人に勧められていたのですが、教育に命をかけているのに逃げる訳にはいかないと、芝山の地に留まります。

その結果、日本人の首を取ったら賞金がもらえるというデマを信じた台湾人ゲリラによって、6人の教師と用務員が殺害されてしまいました。

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この事件をきっかけに日本の統治が強化されることになったのですが、命をかけて教育をしようとした精神が芝山巌精神として台湾を訪れる日本人だけでなく、現地の台湾人にも受け継がれていくことになります。

日本の統治が始まったときの台湾人の就学率が0.5〜0.6%だったのですが、それから約50年後には70%を超えていたそうです。終戦のときには日本語の識字率が90%を超えていました。

日本語を強要したわけですから、賛否はあるかと思います。それでも台湾の発展という面だけを考えたときに、日本による教育の普及は決して無駄なものではなかったはずです。

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そしてその教育の原点となった6人の教師のお墓のある芝山公園は、どうしても行っておきたかった場所のひとつでした。前日のマラソンで右足裏を強打したことで歩くのも困難でしたが、行かないという選択肢はありません。

わたしも微力ながら日本と中国が近づくために行動をしている人間の1人です。命をかけて日本と台湾を近づけようとした六氏先生から学ぶことは少なくありません。お墓参りをすることで一歩でもその領域に近づきたい。そんな思いで芝山公園まで足を運びました。

普通の観光客が来ることはほとんどない場所ですが、九份のような観光地だけなく、こういう場所も日本人が訪れるようになると日本人と台湾人の距離がさらに縮むような気がします。

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ほとんどの人にとって「台湾人は親日の人が多い」というくらいの知識しかないと思いますが、芝山公園を訪れればその親日の理由に触れることができます。

中国や韓国だと、このように日本人を殺害した人は英雄扱いされています。台湾でも最近までは義士として語られてきましたが、台湾は二二八事件も含めそのような歴史の見直しをしています。単純に義士だの匪賊だと決めつけるのではなく、なぜそうなってしまったのかについて、国を挙げて自国民に問い続けています。

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もうひとつの訪れたかった場所、福音山基督教墓園に行くのは少し躊躇しました。芝山公園でお墓参りをした後に食事を終えた段階ですでに時間は15時前。帰国の都合で台北に残っていられる時間が3時間もありませんでした。

福音山基督教墓園へのアクセスはバスかタクシーしかなく、バスは1日に6本程度しかありません。

とはいえ、ここまできてまた先送りしたら何をしに来たかわかりませんので、とりあえず淡水まで向かうことにしました。案の定バスの時間はなくタクシーを利用しました。

片道12kmですのでレンタサイクルという手もあったのですが、やはり時間が気になり。

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福音山基督教墓園には明石元二郎の墓があります。明石元二郎についても以前少し触れましたが、台湾の第7代総督で、彼もまた台湾の発展に命をかけていた1人で、台湾に骨を埋めた唯一の総督でもあります。

彼のお墓があった林森公園の日本人墓地がバラック化していたのもあり、台湾政府は明石元二郎のお墓を景色のいい北投にある福音山基督教墓園に移動しました。

その結果、日本人からも忘れ去られそうな存在になっているのですが、過去を知る日本人が定期的に訪れているようで、広大な福音山基督教墓園の中でも明石元二郎の墓だけは道案内がされていました。

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死んでしまった人と会話できるわけではありませんが、お墓参りをすることで自分の生き方を許されたような気持ちになり「いまの自分のやり方で間違ってない。このまま真っ直ぐでいい」なぜかそう確信することができました。

福音山基督教墓園からの帰り道、今度はタクシーがないので大通りまでの3kmは歩かなくてはいけないのですが、心の奥から力が湧いていたわたしは、足の痛さも気にせず走っていました。

このまま12km走って帰ってもいいかも。良いわけがないんですよ。実際このブログを書いているお墓参りの翌日は歩くこともままならないほど右足裏が腫れ上がっています。

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でも力をもらうというのはこういうことなんだということが分かりました。

時間はありませんでしたが、福音山基督教墓園まで足を運んだことには間違いなく意味がありました。しばらくはここを訪れることもないとは思いますが、数年後にまた訪れて自分の向かっている道の確認をしてもらおうと思います。

その後は淡水からの夕日を眺めて帰国です。

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沈んていく太陽を眺めながら、その先にある大陸のこと、そして台湾のために命をかけた多くの人たちのことを考えていたら、時間があっという間に過ぎてしまい、結果的に台北から桃園空港までのバスに乗り損ねて、タクシーを使うことになってしまったのですが、それでも今回の旅の締めくくりとして、淡水の夕日は必要なものでした。

あの景色とともに感じた中国に対してできること、台湾に対してできることを、わたしはきっと一生忘れることはないでしょう。目に見える変化は何もないかもしれませんが、一回り大きくなれた気がする訪台でした。

あとは感じたことを形にすること。人生を懸けてわたしがすべきことがゆっくりと明確になってきました。


日本人に知ってほしい「台湾の歴史」
著者:古川 勝三
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