五街道完走プロジェクト第4弾「甲州街道〜3日目〜」

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久しぶりの野宿は、間違っても快適とは言えるようなものではなかった。わたしを悩ませたのは「寒さ」。8月だというのにとにかく寒い。エマージェンシーシートがなかったらと思うとゾッとする。

とはいえ予定通りの起床で、軽く朝ごはんを済ませて目的地の猿橋へと向かう。猿橋は今回の旅で一番訪れたかった場所だ。だからこそ夜中に通過するというわけにはいかなかった。

猿橋は日本三奇橋のひとつとして知られている。もちろんわたしもそんなことを知っていたわけではない。甲州街道での寝床を探しているときにたまたま見つけたに過ぎない。ただ、それも含めて旅ランの面白さだ。

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知らなければただ通過していただけ。ところが偶然とはいえ見つけてしまったのだ。こういうのを運命と呼ぶのだろうか。ただし、現存している猿橋は1984年に江戸期のものを復元したものなので本物ではない。

本物ではないと分かっていても、その姿に圧倒される。わたしは機械設計を生業としてきたこともあって、構造物を見るのが好きだ。この猿橋はわたしが見てきた構造物の中でもかなり上位に入るくらいの美しさがある。

そして、この形状にたどり着いた歴史を考えると、昔の人は偉大だということを感じずにはいられない。できることなら、青空の日にここを訪れたかった。雪の日もまた違った美しさがあるはずだ。季節によって猿橋は今とは違う表情を見せてくれるに違いない。

ここにはまた戻ってくることになるだろう。

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そんな猿橋にいつまでも留まっていたかったのだが、そうもいかない。3日目はラン仲間が合流してくれることになっている。合流場所は18㎞先の上野原宿。アップダウンのあるロードを走ることを思うと多少は急がなくてはいけない。

さすがに3日目は体が動く。それでも上りで日差しが出てくると歩くしかない。そこで無駄に頑張っても後に響くだけ。できるかぎりエネルギーを消耗しないことが旅ランのコツ。

上鳥沢宿、下鳥沢宿を越えたところで、いちど中央本線から離れて山へ向かう。ひたすらの上り。国道20号線を行けばあっという間に上野原まで行けるのだが、この道が旧甲州街道なのだから仕方ない。

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ただ、いちど上りきってしまうとあとは下り基調になるので走りやすい。しかもかなり標高を上げたことで気温も一旦落ち着いてくれる。

犬目宿は山の中にある集落だが、なぜだか居心地がいい。きれいに整備された小さな村。だが、そこには走り屋と呼ばれる人たちもやってくる。重低音を響かせながら峠をせめるのが楽しいのだろう。

そんな車が犬目宿をとんでもないスピードで通過していく。わたしは飲みかけの缶コーヒーを投げつけたい衝動に駆られたが、そんなことをしても何にもならないと自分に言い聞かせて、宿場町を抜けていく。

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地元の人にしてみれば、爆音の車も通りすがりのランナーもきっと変わりはしない。どちらも平和な日々の余所者でしかない。余所者は物を言わずに去るのみ。

上りを走る力はないが、下りはまだ走れるので野田尻宿、鶴川宿を通過していく。そして無事上野原で合流を果たす。3日目のノルマをひとつ達成した。

一人旅も楽しのだが、旅は道連れ世は情け。共に走るからこそ見えてくる景色がある。何よりも、1人のときよりも踏ん張りが効く。1人ならもうダメだと歩き出すところでも、なんとか前に進もうとできる。

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勇気をもらえると言うよりは、男の意地というやつだろう。仲の良い相手ほど弱いところを見せたくなくなるのが男という生き物だ。その半歩先には弱さを見せることができる関係というのもあるのだが、そういう相手は人生で1人か2人いればいい。

とはいえ、上野原からは息を吹き返したかのようにいい走りができる。ただし、相模湖周辺は歩道がない。事前に他のラン仲間から聞いてはいたものの、さすがにかなり危険な感じがある。こういうときは無理に走るのではなく、かなり慎重に進む。

関野宿、吉野宿を通過するとまたしても山登りが待っている。現在の国道20号線は相模湖沿いに道が作られているが、江戸時代はもっと山側の安全な道を甲州街道にしていた。その結果坂道を懸命に登らなくてはならない。

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とはいえ下ってくれば昼ごはんタイム。この旅ランで最初の1人ではない食事。相模湖駅前はさすがに栄えているだろうと思ったのだが、残念ながらただの田舎の小さな駅。和食の店と洋食の店が1軒ずつ。

白米を口にしたかったので独断で和食のお店。やたらと生ビールの案内が誘ってくる店内だったが、ここはぐっと我慢。まだまだ先は長いと言い聞かせてとろろご飯。味は可もなく不可もなく。グルメランのし過ぎで舌が肥えているのだろうか。こういうのは良くない。どんなものでも美味しくいただける自分でいたい。

腹ごしらえに小原宿まで歩き、そこからは小仏峠へ。

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そう、あの悪名高き小仏トンネルのある峠だ。本来峠というのは山と山の間の低いところを通過する。なのにさっきまではるか上空にあった中央自動車道が、いつの間にかずっと下に見える。

小仏峠はとにかくまっすぐに山頂を目指すルート。慣れ親しんだ大山のように上がっては下がりをせずに、ひたすら上る。さすがに150㎞くらい走ってきた足には堪える。しかも上空には黒い雲。できるだけ早く下山しなくてはまずいことになる。

なんとか峠を通過してここから下りだと思った瞬間に、雨がポツポツ降り始める。最初は気にならない水量だったが、下山してロードに入った途端に激しい雨へと切り替わってしまった。

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だが雨宿りをする場所も時間もない。駒木野宿までをただひたすらに下っていく。

体は冷やされていいのだが、ここでの頑張りが結果的には後に響くことになる。どんなことがあっても頑張ってはいけない。これが旅ランの基本だ。頑張ったことは必ずあとで疲労という形で顔を出してくる。

努力は必ず報われると言うが、旅ランに関してはそれは当てはまらない。努力は自分を苦しめるだけ。あえて言うなら、頑張らないための努力は必要だろう。そういうセルフコントロールができるようになった者だけが旅人になれる。

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高尾までやってくると、さすがに都会を走っている気分になる。路面がきれいに整備されていて、歩道がやたらと広い。誤解を恐れずに言えば「興ざめだ」。走るには向いているのだが甲州街道を走っているという感覚は一切ない。

八王子にある横山宿は、数か月前にウルトラマラソン練習会の終着点。ここからは勝手知ったる道を走ることになる。

この日の目的地府中まではあと10㎞。それほど遅くない時間に到着できるはずだ。

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3日目の終りが見えてきた。まずは東京で数少ない甲州街道に力を入れている日野宿を目指す。八王子から日野までは丘をひとつ越えなくてはいけない。もはや上りも下りもきつい。

それでも一歩一歩前に進む。一歩進みさえすれば、それだけ目的地には近づいている。たとえその一歩が小さくとも、ゴールまでの距離が長くなるということはない。その一歩をいくつも積み重ねる。

日野宿を通過したところであと5㎞。これは行けると思ったところで、ラン仲間が大変なことに気づいた。あと5㎞どころではない。わたしの勘違いで、日野宿から府中宿まで9㎞もある。

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こういうミスは精神的にきつい。一瞬立川に立ち寄って、そこで3日目を終了にしようかと思ったが、一度やると決めたらやり抜くのが男だ。体がなんとかなるなら前に進むしか選択肢はない。

ほとんど歩いているようなスピードで府中までの道をゆっくりと進んでいく。

そして20時ちょうど、この日の活動開始から15時間経過したところで、府中宿へと到着する。空腹で倒れそうだったが、まずはボロ雑巾のようになった体の汗を落としたかった。

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そこで銭湯に向かうものの、お盆休みで休業中という罠。運良く少し手前の銭湯は空いていたので、府中で合流したもう1人のラン仲間とそちらへ移動。日焼けがひどすぎて湯船につかることができないが、2日ぶりの温かいお湯に気持ちがほっとする。

日本人で良かったと思う瞬間だ。

ただ、走っていてよかったと思える瞬間はその後にやってきた。とりあえず近場でと思って入ったお店が大当たり。どれを頼んでも美味しいし、もちろんビールはカラカラになった体に染み込んでいく。こういう食事は単独ランではとてもじゃないができない。

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なんて贅沢な時間を過ごしているのだろう。単独走の楽しさも楽しみ、仲間と一緒に走って美味しいものを食べる喜びも共有できる。下諏訪からここまで走ってきてよかったと心から思った瞬間だった。

この日の宿はタバコ臭いネットカフェ。

眠れる床と雨をしのげる天井があるだけで十分だ。止まり木はボロでも心は錦。本当の豊かさとはこんなふうに満たされた夜のようなことを言うのだろう。


ともに戦える「仲間」のつくり方
著者:南 壮一郎
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