心のふるさと高野山奥の院を歩く

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お寺や神社が好きだ。いつからそうなったのかはわからないが、お寺や神社に足を踏み入れると背筋がピンとするし、一方で穏やかな気持ちにもなれる。このブログでも何度も書いてきたが、わたしは信仰心はほとんど持ち合わせていない。お遍路もしたけれども、神仏にすがりたい思いがあったわけではなく、ただそういう道が目の前に敷かれていただけのことだ。だから、お寺でも神社でも神様や仏様に何かをお願いするようなこともない。相模国から来た者だと名乗り、しばしこの地にとどまる許可をもらうだけ。そんなわたしでも特別な寺院というのがある。そのひとつが高野山奥の院だ。

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高野山に初めて訪れたのは小学生の頃だろうか、父方の祖母と来た写真が残っているし、記憶にもなんとなくあるので間違いないだろう。それから20年近く経過した後に、お遍路のお礼参りとして八十八番から高野山まで歩いて来たのが5年前だになる。いまの会社に入社して最初のGWで、四国の徳島から和歌山まではフェリーを利用したが、その他は自分の足で歩いた。その当時はあたり前に歩いていたのだけれども、いま思うとどうしてそんなことが出来たのか不思議に感じるほどの距離を歩いた。

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子どもの頃の記憶が薄いぶん、大人になってからお遍路で訪れた高野山のイメージは強く残っている。高野山はお詣りするというよりは弘法大師さんのいるところというのがわたしの感覚だ。弘法大師さんにお遍路の報告をするためにわたしは歩いて高野山にやってきたのだ。九度山から歩いていくと高野山まで約21キロの古道になる。高野山の入り口には大門があり、その壮大さに山上にある異世界に迷い込んだような気持ちになったのを覚えている。

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今回の九度山世界遺産マラソンではわたしが歩いて上った古道の入り口がコース上にあり、懐かしさがありマラソンを途中でやめてその古道を登って行きたいという衝動に駆られた。そうなると高野山に行かないわけにもいかない。マラソンを終えて早々に高野山へと向かう電車に乗り込んだ。九度山から極楽寺、そしてロープウェイで高野山へと向かう。5年前に必死になって上ったのはなんだったのだろうかというほどあっけなく到着した。

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山頂は真っ白な雪におおわれている。ある程度想像はしていたけど、想像をはるかに上回る壮観な景色がそこにはあった。雪の高野山も風情があっていいよと聞いてはいたけど、まさかここまでとは思いもしなかった。雪のせいか観光客が少ないのもいい。キュッキュッと地下足袋が雪を踏みしめる音が聞こえてくるほどの静けさ。奥の院には約2キロにもわたって墓地が続く。忠臣蔵の浅野家のお墓があったり、武田信玄のお墓もある。石田三成と明智光秀のお墓はすぐ近くにある。歴史を感じながら雪の道を弘法大師さんに向かって歩いて行くのは幻想的でもある。

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ちなみに弘法大師さんはまだこの奥の院で生きている…ということになっている。ここらへんは宗教的な話なので、余りふれないでおこう。ただお遍路には「同行二人」という言葉があります。お遍路を歩いている人は弘法大師さんとともにお遍路しているという意味で、お遍路を終えても弘法大師さんはそれぞれの心のなかに生きているとわたしは考えている。だから奥の院にやって来ると、ほかのお寺よりも気持ちが引き締まる。空の上から弘法大師さんに見張られているような気持ちになるのだ。

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弘法大師御廟にまで進み、今回九度山のマラソン大会に参加できたことのお礼の気持ちを伝え、5年間の成長を報告をする。仏様というよりは人生の師匠への報告という感覚かもしれない。信仰心がほとんどないといっても、それは現代の仏教に対してであり、仏教の教えというものとわたしたち日本人というのは切っても切れない関係にある。お寺や神社はそれを思い出させてくれる場所なのだ。寺院に身を置いていると日本人でよかたっと思わずにはいられない。高野山はそんな気持ちにさせてくれるわたしの心のふるさとのような場所なのかもしれない。

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