満腹台湾珍道中「八田與一と日本語の通じる街」編

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台湾で最も知られている日本人。それが八田與一という人物。台湾に何度も通っている人は、いつしかその存在を無視することができなくなる。八田與一という人物をもっと知りたい。台湾と日本の関係を学びたい。そうやって台湾にハマっていく日本人が後を絶たない。

わたしたちが台南を訪れたのも、八田與一に引き寄せられたと言っても過言ではない。そもそもこの旅をする前に、仲間と「八田與一さんのお墓に行きたいね」と話をしていたところから、旅の話がトントン拍子に進み始めた。

八田與一のお墓は烏山頭ダムにある。

烏山頭ダムを作ったのが八田與一で、そこまでは台南から車で40㎞近く移動しなくてはいけない。いくらタクシー代が安い台湾でも、そこそこの値段になってしまうので、1人ではなかなか行きづらい。

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そんな場所に向かう話をする前に、時系列に沿って話を進めていこう。

わたしたちが降り立ったのは高鐵の台南駅。ここから台南の中心部までは台鐵で移動する必要がある。新幹線駅は後からできたので、市街地の遠くに駅がある。新横浜駅と横浜駅の関係だと思ってもらえばいい。

高鐵台南駅にある台鐵の駅が沙崙駅だ。初めての人はこれですでにわからなくなる。高鐵は新幹線、台鐵はJRみたいなものだと思ってもらえばいい。新幹線の台南駅はJRの沙崙駅に直結されていて、そこからJRの台南駅に向かう。日本の感覚で例えてみるならそんな感じだろうか。

沙崙線はローカル線なので、基本的には地元の人がたくさん乗ってくる。台北の人に比べるとどことなく垢抜けていない田舎っぽさが残る。1990年代の東京とその他の地方のような関係だろうか。見ていて少しほっとするのはなぜだろう。

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新幹線から乗り換えたときには弱まっていた雨も、台南駅を降りた途端に豪雨に変わる。梅雨時期にスコールが重なっているような感覚。この突然の豪雨にはこの後も何度となく苦しめられた。

台南での宿泊先は台南大飯店。日本人がよく泊まるホテルということもあり、完全に日本語対応ができている。わたしの拙い中国語よりも日本語で会話したほうがよっぽど通じてしまう悲しさ。

お昼どきを少し回っていたので、台南駅周辺での美味しいお店を調べる。台湾は外食文化なので美味しいお店を探すには、GoogleMapがあればそれで完結する。「美食」といれて検索すれば、いくつかのお店が出てくる。

その中から、評価の高いお店をチェックして、お店の雰囲気が良ければそこを選べば間違いない。少なくとも現地の人達に人気のお店にはたどり着ける。わざわざ台湾好きの人のブログを訪れて調べる必要はない。

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金鳳老牌陽春麵。

GoogleMapが案内してくれたお店は市場にある麺の専門店。よほどの台南通でもなければ、ここにたどり着くことはないだろうというような小さなお店。しかも閉店間際になだれ込む日本人4人組。

さすがにここでは日本語が通じないが、店員さんがスマホを駆使して注文を取ってくれる。この一生懸命さは日本の飲食店のマニュアルにはない、わたしたちがこの数十年で失ってしまったもの。

言葉が通じなくても一生懸命であることが伝われば心は通じる。

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4種類の麺とスープや小さなおかずを注文すると、ほとんど待つことなく料理が運ばれてくる。とにかく台湾グルメに飢えているわたしたちが乾いたスポンジが水を吸うかのごとく、次々に麺を胃袋におさめていく。

そしてその美味しさにいちいち驚かされる。台南の料理は味付けがシンプルで、素材の味がとても活かされている。しつこさがないからいくらでも食べれてしまう。しかも4人もいれば注文できる種類も多いので、様々な味を楽しむことができる。

中華圏を旅するときは、絶対に複数人で行ったほうがいい。食事の満足度が天と地ほど変わってくるのだ。

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これでもかというくらいの量を食べたにも関わらず、1人あたりの値段はなんと230円くらい。北京で食事をするよりも遥かに安く、しかも日本人好みの味。もちろん台北よりも安い。恐るべし台南の物価。

お腹と背中がくっつきそうなくらい空腹だったわたしたちは、大満足でお腹を膨らませてお店を後にする。その足で向かったのはタクシー乗り場……ではなく、ローカルのタピオカドリンクのお店。

台南にはローカルなお店が数多く残っている。台北もまだまだローカルなお店があるが、日本のチェーン店が入り込みすぎて少し興ざめするところがあるが、台南はわくわく感が止まらない。

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タピオカドリンクのお店で、店員に日本語で話しかける仲間。いや通じるわけないやんと思っていたら、見事に日本語で返してくる。こういうところが台南のすごいところ。どこでも通じるわけではないが、日本語が通じる場所があまりにも多い。

台湾人が「日本が好き」とよく言うのだが、その好きの度合が大きすぎて少し怖さも感じることがある。彼らの多くが、熱狂的に日本が好きなのだ。そして第2外国語として日本語を学び、日本に遊びに行くことを夢見ている。

何がそこまでさせるのか。

その答えの先にあるのが八田與一の存在だ。いや、あの戦争が終わる前までにこの土地で暮らしていた日本人の存在と言ってもいい。八田與一はその象徴に過ぎない。

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あの時代、日本が台湾を植民地支配していたのは事実だが、それは欧米の行っている植民地支配とはまったく違ったもので、そこで暮らす日本人と中国人、そして台湾の原住民のいずれも平等に学びの機会が与えられ、全員が日本国民として生きていた時代が確かにそこにあった。

当時の日本はお金もなくとても苦しい状態だったにも関わらず、日本で集めた税金を徹底して台湾の発展につぎ込んでいた。台湾の繁栄が日本を支えてくれる。その信念が台湾の発展、そして日本人と台湾人の結びつきにつながっている。

そんなことはほとんどすべての台湾人が知っているのだが、日本人はその歴史を知らない。わたしたちにとってはあの時代を語ることはタブーのようになっている。

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歴史的背景がわからないから、なぜ台湾人が熱狂的に日本を愛しているのかがわからない。それはとてももったいないことだとわたしは思う。

八田與一のお墓がある烏山頭ダムに向かったものの、大雨の影響で日本家屋などは閉鎖されていた。それでも烏山頭ダムの雄大さを感じることもでき、そしてなによりも八田與一のお墓には行くことができる。

八田與一のお墓と言っているが、烏山頭ダムにはあるのは八田夫妻のお墓だ。八田與一は戦時中にフィリピンに向かう途中にアメリカ軍の潜水艦によって撃沈され死亡し、それを聞いた外代樹(とよき)婦人は、烏山頭ダムの放水口に見を投げ出し、夫の後を追っている。

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夫婦の絆を強く感じるエピソードであり、人を愛するということの意味を考えさせられる。2人はお見合いで結婚をしている。外代樹さんは当時16歳。恋愛結婚なんて考えられなかった時代。

愛ははじめからそこにあるのではなく、夫婦で育てていくもの。その感覚も恋愛至上主義の中でわたしたち日本人が忘れてしまったものかもしれない。

その2人のお墓の前には八田與一の銅像が設置されている。わたしたちが訪問する1ヶ月前に首が切断されるという事件があったが、台南市により即座に修理がされている。

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切断をしたのは台中統一派の政治団体に所属する元台北市議だそうだ。

台湾には複雑な歴史があるため、中国から独立をしていると考える台湾独立派、台湾と中国の統一を考える台中統一派、そして日本の文化を大切にする知日派があり、それぞれがぶつかり合っている現実がある。

このあたりも台湾を知る上でとても重要な事だが、説明をするのは別の機会にしておこう。

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八田與一の銅像と夫婦のお墓を目にすると、さすがにこみ上げてくるものがある。小さなお墓と、存在を主張しない銅像。そこには日本人の美意識や、台湾の人たちの尊敬の念などが詰まっている。

もし1人で来たなら何時間も銅像の横に座っていたかもしれない。

彼や彼と同じ時代を台湾で生きた日本人がいて、いまこうして日本に熱狂してくれる若い人たちがいる。頭では理解していたが、ここを訪れたことで、そのことがしっかりと胸に刻まれたように感じる。

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そして帰りのタクシーの中で考える。今の時代だからわたしができることはなんだろうということを。それはきっとこうして、台湾の今やあの時代に起きたことを日本人に伝えていくことなんだろう。

この旅行記を読んだ人が、何かを感じて台湾に足を運び、台湾のことを深く知っていく。そうなれば、この長文の旅行記も少しは報われるかもしれない。


台湾を愛した日本人 著者:古川 勝三
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