2018年秋の北京で感じた中国の閉塞感とシフトチェンジ

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今回の万里の長城マラソンで北京を訪問して感じたこと。それは北京の人たちに、ちょっと元気がないなということ。成熟と考えることもできるのですが、覇気が薄れているように感じました。

日本人の通勤時間のように、目に見えて疲労感があるというわけではありませんが、以前のようなパワフルさを感じることが減っていました。どことなく、小さくまとまってしまったような感覚です。

だから、何をしてもだいたいうまくいきます。これまでは「NO」と言われることがよくあったのですが、今回はあたり前のように「何とかする」場面がやってきました。

ラン仲間のために予約したホテルは、うまく予約できてなかったようですが、予約サイトに電話をしてきちんと2部屋を提供してくれました。以前なら予約リストになければ門前払いされていたはずです。

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そういう意味では決して悪いことではないのですが、「NO」と言われないのはちょっと消化不良だったりで。

飲食店に入ったときも、2年前なら無理にでもスマホ決済をさせようとしていましたが、今は「できない」と言うと「そう、わかった」というようにスムーズに対応してもらえます。

なんでしょう、このスッキリとしない感情は。

一方で中国を下に見ている人がいると、ちょっとイラッとします。北京は東京と変わらないくらいの都会ですし、部分的には東京よりも優れている部分もあります。収入だって平均では日本人よりも低いですが、高給取りも珍しくありません。

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成長も行き着くところまでたどり着いた感じがあります。まだまだ肥大していくと予想されていますが、正直いまの雰囲気からすると、ちょっと閉塞感があります。

これが小休止なのか、それとも成長の終わりなのか、経済の素人であるわたしには分かりませんが、少なくとも以前のようなイケイケではありません。

かつて、作家の村上龍さんが「希望の国のエクソダス」という小説の中で、「この国には何でもある。ただ、『希望』だけがない」と書きました。中国もまさにその希望を見失ったような気がします。

わたしの気のせいかもしれません。でも、わたしのこういう勘はそこそこ当たります。

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栄枯盛衰という言葉がありますが、どんなに栄華を誇った国でもいずれ衰退します。中国では秦も漢も元もすべて滅びました。中国が滅びるとは思いませんが、いまと同じカタチを保ちつづけることは不可能です。

もちろんそれは日本だって同じことです。わたしたちは歴史的にもほとんど過去になかった平和な時代を生きています。これが永遠に続く保証はどこにもありません。

決して戦争を望んでいるわけでもありませんし、平和が退屈だというのでもありません。ただ、はっきりしているのは時代の流れがまた大きく変わろうとしている。そんな風に感じられるということです。

中国はあっという間に世界的な経済大国になりました。その成長スピードがあまりにも早すぎて、あちこちに歪ができてしまったわけですが、成長速度が落ちたことで歪が見える形で出てきたのかもしれません。

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かつてわたしが憧れた北京はすでにありません。

今の北京も好きではありますが、熱狂的に好きになったあの街とは違います。人が優しくて居心地が良く、食べ物が美味しい。それが加速していくので、海外にいるという緊張感がありません。

繰り返しになりますが、これは決して悪いことではありません。社会が成熟していくというのがこういうことだというだけのことで、戻らない幼き時代を「あのときは良かった」なんて言うのは、いい大人のすることではありません。

ただ、失ったものは大きかったのだなと、今頃になって気づいたというだけのことです。

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今回の北京では、友だちがカフェに置き忘れた財布を、店員さんがちゃんと確保してくれていました。レストランの注文で中国語が分からなかったとき、ホテルのチェックインでトラブルがあったとき、近くにいる人が助け舟を出してくれました。

ホテルでも飲食店でもコンビニでも、笑顔のコミュニケーションができました。言葉にしなくても伝わることも増えています。でも、やはり閉塞感や未来への希望が薄れているように感じるわけです。

このシフトチェンジを中国はどう対応していくのでしょう。日本のように方向転換できずに沈んでいくのか、それとも更に一歩前に進むのか。5月の北京ではその未来への道筋を感じてこようと思います。


希望の国のエクソダス
著者:村上龍
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