奉天という陰と瀋陽という光を感じる旅(後編)

和装な感じも中国に合うんじゃない?浮いてたのは否定しないけど

和装な感じも中国に合うんじゃない?浮いてたのは否定しないけど

瀋陽に観光地といえば故宮、張氏帥府、東陵(福陵)、北稜、九・一八歴史博物館といったところか。これを1日で回るのは厳しい。いや回るだけならできるけど、じっくり見て回ろうと思うと1日2ヶ所がいいところだろう。故宮と張氏帥府は徒歩圏内なのでまとめて行けるとしても、それに東陵を加えるとそこで1日が終わってしまう。そんなに急いで見てもいいことはない。歴史があるものはそこに流れる空気に身を任せるようにのんびりするのがいい。が、おいらには時間がなかった。どうしても、どうしても故宮、張氏帥府、東陵(福陵)と九・一八歴史博物館に行っておきたかった。

驚くような広さではないけど、存在感は十分な故宮

驚くような広さではないけど、存在感は十分な故宮

朝ごはんをホテルで済ませてまず向かうは故宮。誤解のないように書くとするなら後金(のちの清)の皇城だ。後金が清になったのは西暦1636年。ヌルハチは清朝の初代皇帝ということになっているが、ヌルハチは西暦1626年までしか生きていない。ちなみに故宮は西暦1625年に着工して西暦1636年に完成している。もう何がなんだか…清王朝が出来る時代のことを詳しく書いてある小説なんかがあるなら教えてほしい。蒼穹の昴では英雄伝的なところが強く書かれてて、歴史背景はいまいち掴みづらい。

北京の故宮よりも豪華な感じがする

北京の故宮よりも豪華な感じがする

その故宮は北京のそれと比べれば圧倒的に小さい。12分の1のサイズということだけど、そもそも北京の故宮が大きすぎてそのすべてを歩き尽くしたわけではないのでピンとこない。それでも、(修復された)色づかいは北京のそれを彷彿させる鮮やかなものだ。北京の故宮も広くはあるけど一つひとつの建屋(特に住居)はそれほど大きくない。むしろ質素倹約という言葉が似合うほど無駄がなくコンパクトな作りをしているから、視界に入ってくるものは北京の故宮に劣らないほど、いや物によってはこちらのほうが美しく感じるものも多い。

こういう細かなものが北京の故宮では見られなかった。見つけられなかっただけかもしれないけど

こういう細かなものが北京の故宮では見られなかった。見つけられなかっただけかもしれないけど

理由はわからないけど、彫刻されたものなんかは圧倒的に瀋陽の物のほうが細工が繊細で迫力がある。展示してある宝物などは北京の故宮よりも明らかに美しい。北京の故宮の宝物はほとんど全部台湾に持っていかれたから「あぁこんなものしか残ってなかったんや」と思う程度だけど、こちらは国内の権力争いに巻き込まれなかったからか、見た目にも艶やかなものが展示されている。清の時代には漢民族が立ち入ることのできない聖域だったというのも大きいかもしれない。とにかく目に入ってくるものすべてが美しい。

張氏帥府にある龍は皇帝の証?

張氏帥府にある龍は皇帝の証?

張氏帥府は「中原の虹」を読んだ人にはたまらない場所だろう。もちろんおいらのその中の1人だ。だけど、中国では張作霖よりも息子である張学良のほうが圧倒的に人気があるようだ。張氏帥府の前に建てられた像は張学良のものだし、張氏帥府も基本的には張学良の官邸、私邸という位置づけになっている。もちろん、張作霖に関する展示もある。ここらへんは中国の抗日教育とのからみもあるのだと思う。歴史的には張作霖のほうが重要な人物であり、新しい皇帝に手が届くところまで這い上がったのは張作霖だけれども、日本と手を結んだという意味で評価しづらいのかもしれない。逆に張学良は父を日本に殺されたからなのか抗日演説まで行なっている。

張作霖の蝋人形。中国の蝋人形はリアルすぎてあせる

張作霖の蝋人形。中国の蝋人形はリアルすぎてあせる

そういう意味では日本人にとってあまり居心地のいい場所ではない。肝心の張作霖も若かりし頃の写真ではなく大元帥時代のものなのでイメージと違う…となりかねない。それでもおいらは張作霖が好きだなぁ。民のために立ち上がり、その気になれば皇帝になれたのにそうしなかった男。そんな思いで展示を見てたら近くにいた中国人の女の子がカメラを持って何か言ってきたので「いいですよ、撮りますよ〜」って言ったら、「いやあなたを撮らせてほしい、張作霖の写真と並んで」と言うではないか。sousouスタイルがうけたか?それともおいらに張作霖に通じる何かを感じたか。瀋陽にしげファンが1人できた(笑)

瀋陽市民の憩いの場

瀋陽市民の憩いの場

次に向かったのは東陵。お昼時間を過ぎていたけど時間がないので昼食抜き。いつまた戻ってこれるかわからないんだから観光優先だ。ただ東陵は近くではない。バスで行けるらしいんやけど路線まで調べたわけじゃないので、不安になりながらバス停を探してバスに乗り込む。瀋陽のバスは次のバス停がどこかだとかアナウンスも表示もないので、降りる場所を間違えないように地図を確認しながら外をキョロキョロ。iPhoneとか持ってたらねGPSがあって、そんな心配はないんだろうけどさ。でも、こういうことの積み重ねが海外でのいい経験になるんだと思う。なんでも手軽なのは旅の面白さを半減させる。

この先にヌルハチが眠る墓陵がある

この先にヌルハチが眠る墓陵がある

とにかく東陵だ。ここはやたらと広い公園で瀋陽市民の憩いの場のような場所。その中に福陵というヌルハチが眠るお墓があるわけだ。おいらは前々から愛新覚羅の一族に他人とは思えないものを感じることがあって、溥儀なんかはそれこそ他人とは思えない親近感がある。こっちは庶民の血しか流れてないけどさ。しかも溥儀よりも張作霖に憧れてるんやけどさ。でも、やっぱ清を作った皇帝に挨拶しないわけにはいかないじゃない。何かの間違いでおいらにも愛新覚羅の血が流れてるかもしれないわけやし…ないか。その時のことは帰国した日の日記に書いたけど、今でも運命だと思っている。

中国の抗日についての考え方がよく分かる。わかりすぎる…

中国の抗日についての考え方がよく分かる。わかりすぎる…

1日中東陵にいて、ヌルハチの魂と語り合いたかった。でもおいらが絶対に行っておくべき場所が残っている。瀋陽に行っておきながらなぜそこに行かなかったのかと一生後悔するだろう場所。じゃあ最初に行っておけよと思うかもしれないけど、1日の最初に行くにはだいぶ重すぎる場所だ、九・一八歴史博物館は。まだ全然消化しきれていない。瀋陽の、いや奉天の悪夢とも言える場所である満州事変勃発の地に立つ九・一八歴史博物館。この悲惨さをおいらはまだ上手に言葉に出来ない。あらゆるキレイ事が吹き飛ぶような展示内容だ。もちろん抗日教育の面もあるのはわかっている。でも、日本人として日本人であることを誇りたいならまず見ておかなきゃいけないものがそこにはある。その上で大和魂や日本の誇りという言葉を使えるだろうか。中国や韓国のいう「日本は歴史を直視せよ」いう言葉を無視できなくなる。

過去はどうであれ瀋陽市民は今日を生きる

過去はどうであれ瀋陽市民は今日を生きる

予想通り気持ちがズンと沈んでしまった。でもその気持を少しでも軽くしてくれたのは瀋陽の今を生きる人たちだ。北京では見られない夜市があり、青空市場もある。そこで生きる人たちは明るく強くたくましい。日本の進んだ合理的な近代化とは違うけど、彼らは彼らなりに変化し、今を強く生きている。おいらたち日本人が「過去のこと」と言いたくなることが、彼らにとってはまだ過去ではない。でも、それでもそれに縛られすぎることもない。中国の人はほんとうにおおらかなんだと思う。もしくは「没法子」と発することに慣れすぎたのかもしれない。でも「没法子」の文化も悪くないかと思うようになってきた。

北京にはない本当の夜市が瀋陽にはある

北京にはない本当の夜市が瀋陽にはある

「没法子」しかたない、でもなんとかなるさ。この悲観と楽観が入り混じった言葉がどんなにつらい状況でも中国人を前に進めてくれたんだろう。決してネガティブな言葉じゃない、むしろ魔法の呪文みたいなもんだ。自分の力でもいかんともしがたいことに直面したとき、おいらも「没法子」と笑顔で唱えて前に進もうと思う。それが瀋陽で暮らす人々の姿からおいらが学んだことだ。

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