
東京は毎日のようになんらかのイベントが開催されていて、水曜日に電車で都内に向かったときには、車内には浴衣姿の若者がちらほらいました。若者はこういうところで暮らせると、たくさんの刺激を受けて育つので、10年後20年後にはクリエイティブな人が中心の社会になっているかもしれません。
想像力というのは才能なのか、それとも経験の蓄積なのかは分かりません。ただ、いくら才能があっても経験したことのないものはイメージできないことを考えると、若いうちにさまざまな経験をすることはとても大切なことなんだと、この歳になってわかります。
私が若者だった時代には東京ウォーカーという雑誌があり、今週のイベントみたいなものはすべてそこで仕入れていました。ほとんどの人が東京ウォーカーを読むわけで、特集された場所やお店には人が殺到して、どこも混雑するという時代でしたが、それはそれで楽しかった気がします。
スマホなどない時代ですので、もちろんSNSもありません。私の大学時代はポストペットすら始まっていなかったはず。携帯電話やPHSも持っている人とそうでない人がいて、デートのお誘いに、好きな人の実家に電話するというドキドキ感を味わった最後の世代。
情報があまりにも少なく、情報を持っていることだけで価値のある人と判断された時代。だから、そもそもイベントなども少なかったのでしょう。花火大会はその当時からありましたが、その花火大会がどれだけすごいのかは、写真でしか分かりません。だから、花火大会そのものよりも、「花火大会に行く」という行為が楽しかった時代でもあります。
そして、いまイベントを作っている人たちの中には、その当時の感覚が残っている人も少なくないのでしょう。それなりに予算があるイベントなら、電通などの広告代理店に依頼して、訪れた人を楽しませるような仕組みがあるのでしょうが、どういうわけか大きな施設なのにお手製みたいなイベントになることがあります。
それがタイトルにもなっている国立競技場ナイトツアーでした。ラン仲間と一緒に今年のナイトツアーの最終日に行ってきたのですが、何ひとつツアーではなく、ただのビアガーデン。確かに東京の夜景を楽しめますし、国立競技場の座席でお酒も楽しめます。
でも食べ物も飲み物も、スタジアムの売店仕様なんです。しかも入場券には500円分のドリンクチケットがついているのですが、それとは別に飲み放題も用意されています。飲み放題の人はドリンクチケットは無駄になるわけです。それについて「それでいい」とした人がいるわけです。
ちなみに食べ物はしっかり美味しかったです。そしてそこまで高くありません(ポテトと唐揚げで1,000円)。だから、来てくれた人を喜ばそうという気持ちは伝わってきます。儲けようなんて思いもなく、国立競技場に親しみを感じてもらいたいというのがコンセプトだと思います。
でも、もう器を用意しただけで喜んでもらえる時代ではなくなりました。エスコンフィールドを体験したからこそ思うのですが、喜ばすための仕組みが必要で、ただ器を用意しただけで満足してもらえる時代じゃない。それは万里の長城マラソンも同じだし、他のマラソン大会も同様です。
実際に東京マラソンや大阪マラソン、愛媛マラソンなど、私が現地で見た大会の多くが、器を用意しただけのスタイルではなく、そこからさらに1歩踏み出した大会にしようというスタンスを感じました。結果がすぐにでるわけではありませんが、マラソンランナーとしてはそれは嬉しいところ。
でも国立競技場ナイトツアーのように、過去のやり方から抜け出せない大会や組織も少なくないのでしょう。むしろ、そちらのほうが主流。それに対して個人的にどうこう言える立場ではありませんし、自分たちで気づいてもらうしかないのですが、少しだけ憂鬱な気持ちになってしまいます。
