個人競技:高い意識で自分のポテンシャルを引き出す

先日、駒澤大学陸上競技部の寮に取材で行ってきたのですが、そこで意外だった話を聞くことができました。それは体のケアについてはそれぞれの自主性に任せているというニュアンスの話で、私はてっきり徹底した管理をしているのだと思っていました。

ただ放置しているのではなく、きちんとケアできる環境は整っていて、その上でケアに対する意識は本人たちに任せています。そもそも、同じトレーニングをしていても、体の弱いところはそれぞれに違いますし、耐久性も異なります。そして何よりも、やらされるケアだと効果が薄くなるという考え方もあるのかもしれません。

とはいえ、この自主性に任せるというのは、おそらく体のケアだけでなく、トレーニングや食事などにも導入されているはずで、それでいて常に優勝争いを続けていることを考えると、学生を育てる場合にはそのやり方が合っているということなのでしょう。


駅伝はチーム競技ですが、走るときには個人であり、この力がなければ選手として選ばれない。やるのもやらないのも本人次第ですが、やらなければ存在意義を示すことができない。そういう環境を用意することで、勝つためのメンバーを揃えていく。

とはいえ、やはり学生なので、みんながみんな高い意識を持ったり、それを継続できたりするわけではありません。どこかで甘さが出ることもありますし、気が緩むこともあります。メンタル面でのトラブルを抱えることもあるはずです。でもそれさえも糧にしようとしているのかもしれません。

勝つことが、速くなることが最優先事項であるものの、その過程は学生の数だけあり、むしろそのような経験が人を育てます。大学日本一という称号だけの4年間になるか、それとも結果は残らなくても、深みのある4年間になるか、どちらが正解かは分かりませんが、大学駅伝もやっぱり学生スポーツなんだなと実感した取材になりました。


そのような環境においても、きつい練習はサボりたくなるもので、社会人になって仕事の合間で走っているという人にとっては、トレーニングが後回しになるのはよくあることです。私も今でこそ、毎日それなりに走っていますが、会社員時代は走らない日が続くこともありました。

別にそれは本人の自由なので、私があれこれ言うこともないのですが、走っていないのに「タイムが出ない」と嘆いたり「もっと速くなりたい」と願ったりするのはちょっと違う気がします。毎日1時間走って(それでも短い)、適正体重の90%まで落とせば、誰でも走れるようになります。

そのためにはとにかく距離を積む必要があります。食べなければ体重を落とせますが、それでは筋力が不足します。1回のランニングで消費するカロリーはわずかでも、それを1ヶ月続けて1kg痩せる。そのような方法を選ばことなく、それでいて体重を落とさずにタイムを狙うのは、マラソンを理解できていないことを意味します。


マラソンの楽しみ方はそれぞれ自由です。完走さえできればいいというスタンスでもいいですし、オリンピックを目指しても構いません。ただ、走った距離に応じて結果は変わります。走らずに「もっと速く」はなしです。距離を積まないなら、それだけの結果しか出せないだけのこと。

ちなみに、ここでの「結果」というのは、あくまでも自分自身との比較です。月間走行距離が100kmしかないけどサブ3だとか、距離を積まなくていい理由にはなりません。その人にとってサブ3のハードルが低いだけで、その人が倍走れば、もっといいタイムになります。

それを望むかどうかという話です。楽して速くなる方法はありません。マラソンは積み重ねのスポーツで、距離が大事というのは、すでにいくつも出ている論文が示しています。やる気があるなら意識を高く持ち、しっかり距離を踏むこと。体のケアを怠らないこと。個人競技の結果を変えられるのは自分自身だけなのですから。

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