領域:一切の迷いなく削ぎ落としていく

何かが変わることを期待して、1日1個手放す生活を始めましたが、手放すものが200個近くになってきたところで、自分の進むべきところが見えてきました。そのために、ここから何を手放し、何をしなくてはいけないのかも具体的になってきました。

はっきりしているのは、手元に残すものはほんのわずかだということ。むしろ何も残さなくてもいいのですが、社会的にすべてを手放すわけにはいかないので、本当に最低限のものだけを持っていくだけ。だから、ここからは何を手放すにしても躊躇することはなさそうです。

自分が自分であれば、それで十分であり、周りにどう見られるかはもう考えなくていい。今回の北海道遠征での気づきがそれです。別に何があったわけではありません。むしろ、何も特別なことは起きていません。だから、気づけたのですが、それを言語化することはできません。


これまでと違う領域に足を踏み入れた。いえ、これまでも何度もその領域に足を入れてはいたのですが、今は完全に入り込んでしまったようです。望んでそうしたわけではなく、ふと周りを見渡したら違う場所にいたという感覚。ここからはすべてが違ってきます。

この領域に名前をつけるなら「不惑」でしょうか。少し前に不惑について書きましたが、それこそそのときは片足を踏み入れただけ。今は間違いなくそこに居ます。人間だからまだ揺らぐ可能性はありますし、根拠ないのですが、もう大丈夫な気がしています。

おそらく、これからは迷う時間、考えて決める時間が大幅に減ることになります。そもそも選ぶ必要もなくなる気がします。万里の長城マラソンと自分の体づくりに関係ないことに対して時間も思考も使わない。そのために削ぎ落としていくだけです。

とはいえ、周りから見て何かが劇的に変わるわけではありません(おそらくは)。すでに多くのものを削ぎ落としていますし、固執しなくはなっていたので。目に見える変化があるとしたらSNSの使い方が変わるくらいでしょうか。少なくとも変化するのは自分1人の時間だけ。

自分以外の誰かといるときに、どういう変化が起きるかはこれから確認することのひとつですが、おそらく何も変わらないはず。フットワークが以前ほど軽くならない可能性はありますが、誰かと美味しいものを食べるのは好きなままでしょうし、お酒の場も好きなまま。

一方ですべてが劇的に変わる可能性もあります。いまの環境で自分の進むべき道を進めないと感じたら変えていきます。引っ越しもする可能性もあるし、場合によっては雇われるという働き方をするかもしれません。確実なのは躊躇しなくなるということだけ。


自分がどうあるべきかが定まったことで、これからやるべきことがはっきりとしました。万里の長城マラソンのためだけに人生のすべてを注ぎ込むと決めたときには、心だけが定まっていて、体が宙ぶらりんでした。でも、今回のRed Bull 400で体もしっかり定まりました。

ある意味での「縛り」が生まれたのでしょう。縛りがあるから迷わない。縛りがあるからやるべきことに集中できる。私は束縛されるのが嫌いだと思っていたのですが、どうやらそうではなかったようです。私が嫌いだったのは「意味のない束縛」。

何かを成し遂げるという目的が明確な束縛は、きっと私を引き上げてくれます。50歳を目の前にして遅すぎたかもしれませんが、まずはとにかく手放していくこと。ここからとことん削ぎ落として、目的を果たすために次のステップに入るとします。

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