日本語:AIによる文章作成が主流になる時代

アニメが日々の楽しみのひとつになっていて、都内までの電車でブログを書くなどの作業を済ませた後に、1〜2本見ながら移動していました。これはいい趣味ができたと思っていたのですが、北方謙三氏のチンギス紀を読み始めたら、もうアニメどころではありません。

水滸伝から繋がっている超大作の最新話ということで、単行本化されるのを待ち続けていた作品です。これまでと違い、モンゴルの名前がたくさん出てくるので、大混乱するときもあるのですが、読み進めていくごとに、物語の中に引き込まれていきます。

私はやはりアニメよりも小説のほうが好きなようです。アニメが劣るとか小説が優れているとかいう話ではなく、1人の物書きとして、日本語で書かれた小説との相性がいいというだけのことです。そういえば、子どもの頃にガンダムですら小説を楽しんでいた時期もありました。


これまで、少なくない本を読んできたからか、インターネット上の乱れた日本語表現に出会うと、とても残念な気持ちになってしまいます。あるサイトからランニングの専門家として監修依頼を請け、チェックのための文章が上がってきたのですが、その文章がまさにそれでした。

ビジネスとしてメリットはあるものの、無償で引き受けており、それもランニングの専門家としての対応なので、文章に対する指摘をする必要はなかったのですが、その記事に関わったと思われるのが嫌で提案をしたところ、ほとんど直っていない状態で戻ってきました。

さすがに「もうどうでもいいや」という気持ちになったのですが、その文章を書いた人も修正・編集した人もそれをおかしいと感じる能力がないことを意味します。ウェブライティングの世界には、そういう人たちが数え切れないほどいます。

自分で自分を褒めるみたいな恥ずかしいことはしたくありませんが、どうやら私はウェブライティングの世界では、それなりの文章を書ける側にいるようです。ライティングに関しては、誰かに手法を習ったわけではないので、あまり自信はありませんでしたが、もしかしたらライターとして就職できるのレベルにはあるのかもしれません。

それはともかく、ウェブライティングによって日本語が乱れすぎているように感じています。本当に違和感のある文章が溢れていて、物書きの1人としてはとても受け入れがたい状態にあります。正直なところ、AIにでも書いてもらったほうがいい文章になる気がします。

ゼロからAIに書かせるのを避けたいなら、自分で書いた文章をAIに添削してもらえば、それなりの文章になります。私も依頼を請けた案件については、誤字脱字のチェックも兼ねてChatGPTに推敲してもらっています。それにより、かなり読みやすい文章になっています。


AIがWEB記事を量産できる時代になり、ライターの役割はその記事に間違いがないか確認するだけになりつつあります。ただ、私はその流れに乗るつもりはありません。すべてを任せてAIで記事を作成したところで、自分自身の経験値は何もプラスになりませんので。

ただ、日本語を正しく使えないライターや編集者が少なくない現状を考えると、AIがWEB記事を量産できる流れは止められません。ただ、それによるデメリットもあるので、もしかしたらAIによる文章作成は大きな社会問題に発展する可能性もあります。

そうなったときに、「きちんと書ける人」であることは強みのひとつになります。どれだけAIが優れていても、私にしか書けない文章があります。もし、あらゆる面でAIにかなわないと感じたなら潔く引退しますが、少なくともあと20年は物書きとして生きていくつもりです。

著:山川健一, 著:今井昭彦, 著:葦沢かもめ
¥1,782 (2025/06/11 17:59時点 | Amazon調べ)
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次