
少し前にANAが国土交通省から厳重注意を受けたニュースを見ました。運行トラブルが多発しているためとのことですが、ここ最近、北京に行くのにANAを使うことも多く、どうもかつてのANAとは違うなと感じることも多く、腑に落ちる感じがありました。
先に伝えておきますが、別にANAを批判したいわけではなく、改善してほしいとも考えていません。航空会社のサービスも時代とともに変わっていくということを実感したというだけのことです。これまでのサービスが過剰だったという気づきもありました。
私の勝手なイメージですが、ANAは統制と自由のバランスが優れている航空会社と感じており、そこに信頼してフライトを選んできました。ただ、ここ数年は統制が緩くなり、自由が大きくなっているように感じます。言葉を選ばずに言えば、明らかにサービスが低下しています。
所作の美しさは跡形もなく、近寄りがたい威厳のようなものも消えてなくなっています。それをフレンドリーと受け止める考え方もありますが、私は古いタイプの人間ということもあり、形が整ったものを好み、形の乱れに対して必要以上に不満を持ってしまいます。
繰り返しになりますが、それをANAに改善してもらいたいというのではなく、むしろ自分が慣れなくてはいけないのだと考えています。もうトップダウンで厳しく統制する時代ではなく、仕事でも個人の裁量、判断を大切にする時代。サービスの質もスタッフごとに個性が出るわけです。
あまり好きな言葉ではありませんが、「多様性」が航空会社の現場でも広まっているのかもしれません。世の中が多様化していく中で、特定の職種だけが均一性を保ち続けるのは無理があります。おそらく私自身も多様化の影響を受けていますし、そもそも均一性からはかけ離れた生き方をしている自覚もあります。

ただ多様化は品質を落とすのではないかという危惧があります。品質の高さは日本の強みであり、日本人の強みでもあります。他の国だったら「これくらいどうでもいい」というようなことが、日本では許されなかったりします。物流の仕事をしているとそれを強く感じます。
中国から入ってくる荷物は外観からして整っておらず、個数が足りなかったり、内容物が間違っていたりすることが珍しくありません。日本ではとても考えられないような状態で梱包されている荷物もあります。それに対して日本の荷物はしっかり「四角」になっています。
おそらくそれは過剰な品質なのだと思います。ただ、整っている荷物は物流の現場では効率を上げてくれます。それはわずかな差なのかもしれませんが、その小さな差こそ日本の強みであり、細部にこだわるからこそ信頼されてきたわけです。
でも、それもあと数年すれば「昔のこと」になるのかもしれません。多様化が進めば、日常生活の中から均一性は失われていきます。均一であることを美しいとする感覚がなくなれば、仕事における均一性も消えていきます。仕事だけしっかりというわけにはいきません。
かつては、均一でないことを厳しく管理できていた会社も、なんでもパワハラになってしまったり、個性を認めなくてはいけない風潮が広まったりしたことで、強く指導することができなくなっています。仮に強く指導しても、多様であることを良しとする世代には響きません。
それはもう時代の流れとして仕方ないことであり、私のような古い人間は受け入れるしかないのかもしれません。ただ、少なくとも自分の言動は品質を意識し続けるつもりです。均一性が失われていく時代において、安定した品質は特筆すべき個性になるので。
