
先日、万里の長城マラソン仲間と忘年会をしましたが、次の春大会の集客は厳しそうというのが共通した流れでした。中国に対してポジティブな思いを持っている人の意見ですし、私自身もそう考えているので、おそらくここから流れがやってくることは考えられません。
ほとぼりが覚めるまで2〜3年、日本人参加者は20人を超えない可能性があります。せっかくいい流れが来ていたのに、それが完全にリセットされた形になっていますが、誰が悪いと責めたところで現実は変わりませんし、何よりも誰が悪いわけでもありません。
国とは何なのか。これはとても深いテーマで、私の中では謎に溢れているテーマでもあります。私は日本人で、先祖代々日本人としてこの国で生きてきました。だから私は日本人です。それは正しい考え方ですが、まず国ありきの考え方でもあります。
国があって、そこで人が生まれ育つ。それは自然に思える流れかもしれませんが、本来はその反対で、人が暮らしていたところに国ができたわけで、本来は「人」が優先されるべきです。それがいつのまにか「国」が優先されて、「お国のため」なんて言葉ができてしまいます
「国のため」というのは、最初に「国」があるからの発想で、ただ「それでは国とは?」と聞いたところで、明確な言葉が返ってくることはありません。誰も「国とは?」なんて考えたりしないわけです。別にそれを否定したいわけではなく、事実として書いているだけです。
国とは何なのかを学校で教わることもありません。それでも私たちは日々働いて、決して多くはない賃金のうちのいくらかを国に収めています。そろそろ誰かが疑問を投げかけるのかもしれません。そしてそこから革命が起きる可能性だってあります。

もちろん、それは海外諸国でも同じ。むしろ中国はその疑問は日本よりも加速度的に広まっており、中国共産党が5年後に残っていない可能性さえあります。「栄枯盛衰」これはどれだけ時代が変わっても、消えることのない真理のようなもの。
日本だって5年後、10年後にどうなっているかわかりません。それでいてフリーランスとしてはそれに備えておく必要があります。何が起こるのかはわかりませんが、少なくとも心の準備はしておき、いざというときに慌てずに済むのが理想。
先を読んで、手を打っておく。万里の長城マラソンはこれができていませんでした。だから時代の流れに翻弄されて、その時々で参加者数が増えたり減ったりしています。本来はそんな流れを無視してでも、それなりの人数を集められる方法を見つけるための努力をする。
安定して50名の日本人に参加してもらえる大会にする。日中関係が悪化しようとも、その程度ではぐらつくことのない土台を作り、参加したくなるような仕組みを作る。ここからの10年での私のテーマ。まだ何ひとつ思いついていませんが。
もっとも今回のような10年に1度の関係悪化は何をしても意味がないのかもしれませんが。それくらい今回の日中関係悪化は大きなもので、取り返しがつかない状態まで進んでしまうのではないかという懸念もあります。
ただ、私がすることはシンプルです。中国の魅力、万里の長城マラソンの魅力を語るだけ。走りに来てほしいとは言いません。それは個人が決めることなので。でも迷っている人の背中を押すことができるのであれば、それは全力で取り組みたいところです。
