前日

万里の長城マラソンの受付。毎度のことながらドタバタしながらも、なんとか大きなトラブルもなく進めています。前日受付で感じるのは、欧米の方は日本人と比べると「自分が」となる傾向にあるということ。昔から言われてきたことですが、それを目の当たりにします。

とにかく自分がわからないこと、納得いかないことがあったら、とことん説明を求めます。それで全体が止まろうとも気にしない。日本人の感覚と大きく違うところであり、反対に空気を読めるのは日本人の強みのひとつだと強く感じています。

もちろん、日本人の中にも空気を読めない人はいます。自分のことしか考えない人は一定数います。でも、日本においてそのような人は浮いた存在になります。でも欧米ではそれが普通だから、浮くようなこともないのでしょう。むしろ、空気を読んだら損をする文化。


別にどちらが正しいとか、そういう議論をしたいわけではなく、そんな文化の違いがあるという話。日本人の中で上手く生きるのは意外と大変です。全体を見ながらバランスも考えつつ、誰も傷つけずに、自分も損をしない。それはもう神業のようなもの。

でも、それが当たり前のように実行されている国が日本。日本人はIQが高いとされていますが、日常の中で考えなくてはいけないこと、気をつけなくてはいけないことが無数にあって、暮らしているだけで頭を使うことを考えると、当然の結果かもしれません。

ただ、そういうのはとにかく疲れます。多くの日本人が疲弊してきたのは間違いなく、そういうのはやめようという流れもできつつあります。でも、私は失ってはいけないことだと思っています。手放してしまうと、二度と手に入らない環境なので。

日本は特異なところが多々あります。海外に行くことで、それを強く感じますが、海外に行かないと気づくこともないのかもしれません。海外に行かないと自分が日本人であることを意識することもありません。私も海外に行くことが年1回くらいだった頃はそうでした。

外の環境にいて、自分がその国の人間でないことを主張しなくてはいけないようになって、「私は日本人です」というフレーズを使うことになり、そこから「日本人」を意識することになります。これは興味深い変化であり、私自身は気に入っています。

日本人とはなんなのか。大和とは?蝦夷とは?自分の中で日本という国の見え方も変わってきます。そうなると国内の旅もさらに楽しくなって、私が東北に行くようになったのも、海外で「私は日本人です」と言うようになったことが間違いなく影響しています。


自分との比較は国内にいてもできます。最近は外国人観光客が増えましたが、「自分たち」との比較をする場合は外の世界を知らなくてはいけません。それも「知る」といえるくらいの関わりがあってのこと。外でコミュニケーションをとることでしか得られない感覚。

もっとも、そんなこと知らなくても生きていけます。そもそも普通の人が「日本人の強み」とか考えながら生きている方が変な話。だから、私が変わり者というだけ。ただ繰り返し言いますが、私はこういう自分が好きですし、そういう環境にいることを誇りに感じています。

そしてそれは誰にでも得られる感覚。ただ、待っているだけでは何も変わらないし、誰も与えてくれません。とにかく国外に出ていくこと。それを繰り返すことで見えてくるものがあります。自分に適した国とか文化とか。それが見たかったとき、きっとあなたも「私は日本人です」と頻繁に口にするようになっているはずです、

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