
かつて日本の領事館のあるエリアを観光をしようとしたところで突然の雷雨。まるで訪れるのを拒否するかのような強い風が吹き、土地に歓迎されないこともあるというのを久しぶりに思い知ることに。過去最大の拒絶はお遍路中に訪れた土佐清水。四国最南端でまさかのホワイトアウト。
ただ、そういう場所はずっと忘れないわけで、ある意味で土地に呼ばれているのかも知れません。こういうのはどう解釈するかで見え方が大きく変わります。私はきっとまた訪れることになるはずです。GWということで、あまりに人も車も多すぎて、本来の姿を失っていたように感じたので。
万里の長城マラソンは毎年GWの5月1日に開催しますが、ここ数年は翌日観光時の人の多さが悩みのひとつ。勝手に外から来て「人が多い」というのは自己中心的すぎるのは重々承知していますが、もう少しなんとかならないものかと。
ただ、昨日訪れた製鉄工場跡を整備したエリアは比較的空いていて、それでいて心地よい風が吹いて、こちらは歓迎されている感じがありました。同じ北京でもいろいろ違いがあるものです。ただ工場跡はあまりにも広すぎて、半分も見て回れずに移動。
いまは万里の長城近くで開催している音楽フェスの会場にいます。万里の長城マラソン代表の朱さんに誘われて、出演するアーティストをまったく知らない状態での音楽フェス。日本でも10年に1回以下のペースでしか音楽を聴きに行くなんてことはしないのに。
そういう流れだったんだなと。今回予定していた場所を全て回ることはできませんでしたが、今しかできない体験ができたわけで、それはそれで意味があるのだと。経験がどこで活きるかなんて神様でもわかりませんが、きっとどこかでこの日のことが役立つ日が来ます。

基本的に私は流されるまま生かされるタイプ。自分の意思というのはあまりなく、もちろん万里の長城マラソンを成功させたいとか、たくさんの人にランニングを楽しんでほしいとかはあります。でもそのために右に行くか左に行くかは「どうでもいい」と考えています。
やりたいことがあるなら、そこに向かっていけばいい。望まないものがあるなら避ければいい。ただ、着地点だけは見失わないようにしています。あとはやるべきことをきちんとやるということでしょうか。フェスが終わったらRUNNING STREET 365の記事をひとつ書いてから寝なくてはいけません。
SNSの投稿もそうですが、とにかくやると決めたことは最後までやり抜く。それができないならやめてしまう。そうやってたくさんのことをやめてきて、両手に残ったのがランニングと万里の長城マラソン。あとは持っていても持っていなくてもいいもの。
流されるまま生きる。それは別に投げやりになっているわけでなく、流れに逆らったところで意味がないことを学んだから。抗う人たちを否定しませんが、流されたほうが楽なのになと思うことは多々あります。流された先でベストを尽くす。抗うことでエネルギーを消費しないほうがいい。
流れなんて来ないのだけど。そういう人もいるかも知れませんが、それは気づいていないか、気付かずに拒絶しているだけ。賢い人たちは何かと理由をつけて、流れに乗らない道を選んでいるように見えます。「今日は疲れた」「今じゃない」「やることがありすぎる」。そして流れが去っていく。
もっとも流れなんかに乗らなくても、人は生きていけますし、そこでしか経験できないこともあります。ただ、流されてみる景色も悪くないとだけ伝えておきます。いいことばかりではありませんけどね。それも含めて、定まっていない未来は楽しいものです。
