蝦夷:大和ではない世界を駆け抜ける

今日から3日間北海道です。今日の午後便で出発し、日曜日の午前便で戻ってくるため、実質1日だけの滞在なのですが、その1日は朝から晩までRedBull400の取材に使うので、自由時間はほとんどなし。今日の夜に北広島で飲むくらいでしょうか。

もちろん、レポートを上げれば自由の身なのですが、昨年だと18時くらいまでレポート作成にかかったので、できるとしたら夕飯を食べるくらいでしょうか。行きたいラーメン屋がひとつ。でも海鮮丼やお寿司北海道グルメも食べたい。それなのに胃袋はひとつ。

もっとも北海道はすでに観光に行くという感覚は薄く、北海道に行くワクワク感はありません。これが沖縄や九州だと違ってくるのでしょう。やはり暮らしていたというのはとても大きく、方向感覚が身につくと、その街の楽しみ方が変わるような気がします。


北京も万里の長城との位置関係をきちんと把握できるようになってから、見え方が随分と変わった気がします。そこが特別な場所ではなく、日常になってしまう。それは残念なことではありますが、日常になったからこそ見えることもあります。

それでも北海道に自分が馴染むことはありません。私にとって北海道は蝦夷。そして東北は蝦夷と大和の緩衝地。それはネガティブな感情というわけではなく、北海道が日本であることを否定しているつもりもありません。ただ、大和ではないという意識はずっとあります。

私の中だけの話ですが、大和と日本はイコールではありません。それほど見識があるわけではないので、抽象的な言い方になりますが、明治維新により、大和は日本になっていったのだと私は認識しています。少なくとも北海道に関しては。

東北はとても難しく、鎌倉時代まではまだ蝦夷が残っていたという認識ですが、江戸時代には蝦夷の割合は小さくなっています。では江戸時代に東北は大和になったかというと、そうだとは思いません。なぜなら、江戸幕府は大和ではないから。

このあたりの話になると自分の中でもまだまとまっていないので、これ以上深掘りはしませんが、とにかく北海道は大和ではなく、そこには大和に関係なく暮らしていた人たちがいました。そこに神社仏閣が建てられているのを見ると、モヤモヤした気持ちが湧いてきます。これは何なのだろうと。

神社の建物は器であり、そこに神様がいて初めて神聖なる場所になります。だから北海道の神社には大和の神社から神様を連れてくるのですが、きっと多くの神様は旅の途中で帰ったんではないかと。だから、北海道の神社は主がおらず空っぽに見える。


神様からしても、北海道にまで行く道理はないわけです。よその神様がいる土地にわざわざ乗り込んでいくのは争いの元にしかなりません。「民のために」という神様もいたのかもしれませんが、きっと北海道の寒さに耐えられず、着任後すぐに大和に戻ったことでしょう。

神様が暑いとか寒いとか言わない?そんなわけはありません。西洋の神様ならそうなのかもしれませんが、八百万の神はもっと人間らしい存在。天照大神は弟が暴れたことに怒り、岩戸に引き篭もるような存在なのは誰もが耳にしたことがある話です。

そんな蝦夷に対する敬意はあります。ただ、当たり前のよう訪れるようになって、「ここは蝦夷」という気持ちが薄れていることには危機感があります。想像力の欠如はライターとしての存在意義が薄れていくことを意味するので。もっとも今回は、そんなことを考えるほどの時間の余裕もないのでしょうが。

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